| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨
ESJ66 Abstract


シンポジウム S06-8  (Presentation in Symposium)

魚類移動履歴復元ツールとしての脊椎骨Nd同位体比の可能性
Potential of Nd isotope ratio in vertebral centra as a tracer of marine fish

*齋藤有(総合地球環境学研究所), 申基澈(総合地球環境学研究所), 中野孝教(早稲田大学理工学術院)
*Yu Saito(Res. Inst. Humanity and Nature), Ki-Cheol Shin(Res. Inst. Humanity and Nature), Takanori Nakano(Waseda Univ.)

魚類の生息履歴の解明に、脊椎骨の椎体が有用であることが明らかになりつつある。脊椎骨椎体の耳石に勝る点として、同位体比を測定できる元素の種類が多いことが挙げられる。炭素や酸素だけでなく、耳石にはほとんど含まれない硫黄や窒素といった元素の同位体比が履歴指標として利用できる。脊椎骨に極微量に含まれるネオジミウム(Nd)の同位体比も,強力な履歴指標となる可能性がある.本発表では、Nd同位体比が海棲魚類の履歴指標として有用であることを、ヒラメとをクロマグロを対象とした研究を例に紹介する。
Ndは希土類元素の一種で、本質的に岩石に由来し、海水には数pptのオーダーで溶存する。同じく地質由来のストロンチウム(Sr)に比べて海水への滞留時間が顕著に短いことから、その同位体比は近傍大陸の地質に依存して海域、水塊毎に大きく異なることが知られている。Sr同位体比が世界中どこの海でも極めて均質であることとは対照的である。このことが海域での地理指標としてのネオジミウム同位体比の大きな利点となる。
仙台湾で採取されたヒラメ、和歌山沖で採取されたクロマグロ稚魚の脊椎骨のNd同位体比を測定した結果、その値は現地の海水に近く、生息場の海水の値を反映することが示唆された。希土類元素の組成パターンが海水と類似することもそれを支持する。さらに、クロマグロの成魚の脊椎骨を7分割して成長段階毎にNd同位体比を測定し、太平洋のNd同位体比分布図と比較した結果、推定されている回遊パターンと矛盾のない同位体比の時系列変化が保存されていることがわかった。以上のことより、脊椎骨のNd同位体比は海棲魚類の有力な履歴指標となる可能性が高いと言える.しかしながら弱点もあり、それは生体内含有量が非常に少ないことである。それにより、これまでのところ、高い精度での測定には成功しておらず,測定には更なる技術向上が求められる.


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