| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨 ESJ66 Abstract |
第23回 日本生態学会宮地賞/The 23rd Miyadi Award
私は川の美しさに魅せられ、ただその成り立ちを知りたいという一心で研究の世界へと足を踏み入れた。そんな私の研究は、川へ行き、ただひたすらデータを集めるという計画性のないものから始まり、河川を90㎞泳いで生物の分布を調べるという力技に及ぶこともあった。これらの研究は、カワシンジュガイという渓流にすむ二枚貝のメタ個体群構造の解明を目指したものであったが、思うような成果は上がらず、研究はすぐに行き詰った。「川」そのものに固執していた私は、「生態学」として魅力的な問いを考えることができていなかったのである。
近年では、それでは一体、川を研究することで見えてくる生態学の新たな展開とはなんだろうか、と考えている。そこで生態学の一般則と言われる現象をたどって見ると、生物群集の特徴を空間スケールと関連付けたものが多いことに気が付いた。例えば、メタ個体群の動態は、空間が広くなるほど安定することが知られている。なぜなら、広い空間には多様な生息地があるため、環境変動によってすべての集団が同時に絶滅する可能性は低いからである。ほかにも、空間によるスケーリングは種数や食物連鎖長でも認められている。
しかし、河川生態系では、空間スケールを越えて「形の複雑さ」が生物群集を駆動しているかもしれない。流域を俯瞰すると、地質の異なる山々から数々の支川が生まれ、それらが合流を繰り返すことで枝分かれ状の河川ネットワークを形成していることがわかる。面白いことに、川の枝分かれはフラクタルと呼ばれる構造的特徴を有しており、空間解像度を変えても同じような枝分かれ構造が繰り返し現れる。このフラクタルな枝分かれ構造が環境の多様性を生み出しているならば、空間スケールに依存せず、形の複雑さが生態現象を駆動している可能性がある。
この予測に基づき、数理解析と長期データの解析を行ったところ、河川におけるメタ個体群の長期的な安定性は、空間の広さ以上に「枝分かれの複雑さ」によって駆動されていることがわかった。河川の生態現象は、空間スケールに着目した既存の枠組みではうまく記述できず、形の複雑さという視点から捉えなおすことが重要であることを示した初めての例である。川以外にも、枝分かれ状の生態系は数多くある。空間スケールから独立した形の複雑さに目を向けることが、河川生態系、ひいては樹状の生態系一般の動態を解き明かす糸口となるかもしれない。