| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨
ESJ66 Abstract


第23回 日本生態学会宮地賞/The 23rd Miyadi Award

木材腐朽菌群集の分解機能と森林の動態をつなぐ
Linking wood-decay fungal community functions to forest dynamics

深澤 遊(東北大学大学院 農学研究科・カーディフ大学 生命科学部)
Yu Fukasawa (Graduate School of Agricultural Science, Tohoku University/ School of Biosciences, Cardiff University)

 枯死木は森林生態系において巨大なバイオマスを占め、また分解に長時間を要することから、多様な生物の生息場所として生物多様性の維持に重要な役割を果たしている。しかし、材分解において中心的な役割を担う菌類の種や群集による分解機能の違いが枯死木の分解過程をどう決定し、それが森林生態系の動態にどう影響しうるかまで結びつけた研究は多くない。演者は、菌類の種による分解機能の違い(白色腐朽と褐色腐朽という2つの「腐朽型」に類型化される)が、枯死木の物理化学性を改変することで、樹木実生の枯死木上への定着に強い影響を及ぼすことを初めて明らかにした。枯死木上での実生更新は様々な樹種で知られているが、腐朽型の影響は樹種により異なることから、多様な菌類による木材分解が枯死木の異質性を創出することで、林分レベルでの多樹種の共存に貢献している可能性を指摘した。

 枯死木には樹木実生だけでなく多様な生物が生息している。演者は、枯死木内での生物間相互作用を様々な側面から検討してきた。例えば、原生動物の一種である変形菌類は、これまでバクテリアを主に摂食すると考えられてきたが、多くの変形菌類が菌類を摂食していることを安定同位体分析により実証した。また、変形菌類による微生物の摂食は、微生物体に保持されている養分を無機化する働きがあり、その過程に枯死木の腐朽型が影響することをミクロコズム実験により明らかにした。腐朽型による養分量の違いは、枯死木上に定着する植物の生長に影響する。枯死木上で競合するコケ2種の生長量を栽培実験で比較したところ、タチハイゴケの生長量は腐朽型の影響を受けなかったが、キヒシャクゴケの生長量は白色腐朽材に比べ褐色腐朽材で有意に大きいことがわかった。これら2種のコケは日本の亜高山帯針葉樹林で枯死木上に優占しており、樹木実生の定着にも影響する。野外調査の結果、褐色腐朽した枯死木上にはキヒシャクゴケが優占しており、タチハイゴケなど他のコケが優占する枯死木に比べトウヒの実生定着を促進することがわかった。さらに、コケマットの菌類相がコケの種により異なり、これが実生の定着に影響する可能性を指摘した。演者による一連の研究は、菌類による木材分解を起点として枯死木上での多種の生物間相互作用をネットワークとして繋げる視点を新たに導入し、樹木実生の倒木上更新に影響する生物学的メカニズム解明の端緒を開いたと言える。


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