| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | | 日本生態学会第66回全国大会 (2019年3月、神戸) 講演要旨 ESJ66 Abstract |
第7回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)/The 7th Suzuki Award
絶滅危惧種の保全生態学的研究を進める際、いつ?どれくらい?どの要因で?減少したかを知ることは非常に重要である。しかし、多くの種では過去の個体数データが存在しない。そのため、数十年スケールでの個体数の時間的変化やその要因を明らかにすることは困難だった。
そこで注目したのが、自然史博物館などに収蔵されている生物標本である。生物標本は、その時その場所に生物がいた重要な証拠である。もし標本の遺伝情報から、過去の個体数 (有効集団サイズ) や遺伝的多様性を推測することができれば、過去から現在までの個体数・遺伝的多様性の変遷や、より直接的な個体数の減少要因の推定が可能となるだろう。このように、生物標本の遺伝情報を用いた研究は、保全生態学 (に限らず様々な学問分野) に対してブレイクスルーをもたらすことが期待される。
生物標本の遺伝情報を用いる際の問題点として、標本中のDNAは時間経過に伴い断片化や脱プリン化などが進行するために、新鮮なサンプルと比較して遺伝解析が難しいといった問題点があった。しかし、PCR産物長の短いマイクロサテライトマーカーを用いることにより、約30年前の昆虫標本のうちおよそ80%で解析が可能であることが示された。また近年は次世代シーケンサーの発達に伴い、標本から遺伝情報を取り出すための様々な新手法が提案されている。今後こうした生物標本からの遺伝情報の利用が一般的になれば、生物標本が持つ潜在的な価値はますます大きなものになっていくだろう。
本講演では、生物標本の遺伝情報を用いた半自然草原性絶滅危惧種の保全生態学的研究について、私がこれまで実施してきた研究例を紹介するとともに、標本を用いた保全生態学的研究の今後の方向性や注意点についても議論したい。