| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第67回全国大会 (2020年3月、名古屋) 講演要旨 ESJ67 Abstract |
一般講演(口頭発表) B01-06 (Oral presentation)
生物は自身が生息する環境に適応的な形質を発現する必要があるため、未知の環境に分布を拡大することは容易ではない。河川において、淡水性の生物が河口付近まで進出するには潮汐サイクルによる環境の周期的変動に対応する必要がある。そのため、河口付近の集団は潮汐サイクルに同調した内在リズム(概潮汐リズム)をもっている可能性がある。本研究では、汽水域にも分布しているチリメンカワニナに着目し、淡水集団と汽水集団について行動と遺伝子発現のリズムを調べ、汽水集団における概潮汐リズムの有無を検証した。それぞれの集団由来の個体を用いて実験室での行動観察を行なったところ、汽水集団のみが約12時間周期の活動リズムをもち、満潮の時刻に活発になる傾向がみられた。このリズムが潮汐を同調因子とするものであるか調べるため、実験室の恒常環境で維持していた汽水個体について、周期的水位変動のある環境下で行動観察を行なった。その結果、水位が高いときに活動量が多くなる傾向がみられ、捕獲直後の汽水個体で観察された行動パターンと一致していた。ただし、その後水位変動を止めるとその行動パターンは維持されなかったため、短期間の水位変動だけでは内在的な概潮汐リズムを呼び起こすには至らないと考えられる。次に、恒常条件での遺伝子発現リズムを調べるために、49.6時間にわたり3.1時間間隔で個体を固定し、RNA-seqにより各時刻の遺伝子の発現量を定量した。発現量に24.8時間の周期性がある遺伝子は淡水集団でより多いのに対し、12.4時間周期のものは汽水集団でより多かった。この結果から、汽水進出に伴い概日リズムが弱まり、概潮汐リズムが強く発現するようになったと考えられる。本研究は、チリメンカワニナの汽水集団が約12時間周期の内在リズムをもつことで、潮汐サイクルのある環境への適応を可能にしたことを示唆している。