| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第67回全国大会 (2020年3月、名古屋) 講演要旨 ESJ67 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-PA-013 (Poster presentation)
ニホンジカCervus nippon (以下シカ)増加による農業被害や生態系への影響が問題視されており,被害対策のため分布拡大に関する調査は急務となっている.シカの分布拡大前線の一つである東北地方北部(青森県,秋田県,岩手県)は,侵入初期にあたり生息密度が低い.このような地域では直接観察や捕獲による生息数調査は困難であり,食痕や糞などを利用した間接的調査が中心となる.DNAマーカーに基づく集団遺伝構造解析は,生物の起源推定,分散様式の解明,遺伝的多様性の評価において有効である.mtDNA多型を利用した集団遺伝構造に関する先行研究により,日本のシカは南北2グループに大別され,さらに地域ごとに異なるハプロタイプをもつ個体群が分布することが報告されている.したがって,分布拡大地域のシカ個体群のmtDNAハプロタイプを調査し,周辺地域と比較することで,起源集団を推定できる可能性がある.
本研究では,2016-2018年に,東北地方北部,特に岩手県南部地域を中心として採集されたシカ糞粒サンプルに,2019年に新たに採集された岩手県北部地域,宮城県,山形県など,より広域のサンプルを加えて解析を行い,mtDNAハプロタイプの決定,起源集団の推定を行った.東北地方北部のシカ個体群からは3つのmtDNAハプロタイプが検出され,系統解析やハプロタイプネットワークから大きく2つのグループに分けられた.各地域のハプロタイプ頻度の比較や集団間の遺伝的分化度Fst値から,分布拡大以前から岩手県五葉山周辺地域に生息していた個体群が拡散の由来であることが示唆された.また,岩手県境に近い宮城県内域では,五葉山周辺で優占するハプロタイプの出現頻度が高く,その頻度は南下するとともに低下したことから,岩手県五葉山周辺地域の個体群が南方へも分布を広げていることが確認された.
来年度以降,核DNAのMIG-seq解析も行い,詳細な遺伝構造,遺伝子流動の方向性,集団有効サイズ推定,歴史的な個体数変動について解析する予定である.