| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第67回全国大会 (2020年3月、名古屋) 講演要旨
ESJ67 Abstract


一般講演(ポスター発表) P1-PB-151  (Poster presentation)

状況依存戦略のアイロニー?:選抜飼育しているのにアマゴは海に行かない
Irony of the condition-dependent strategy?: loss of migration strategy in the wild nevertheless of the migration-selection in hatchery environment.

*田中達也, 上田るい, 佐藤拓哉(神戸大学)
*Tatsuya TANAKA, Rui UEDA, Takuya SATO(Kobe Univ.)

Oncorhynchus masou ishikawaeは、回遊多型がみられる世界最南限のサケ科魚類であり、海に降る降海型のサツキマスと、一生を河川で過ごす残留型のアマゴが同一個体群から出現する。しかし近年、サツキマスは、ダムや堰堤による海洋と河川の分断等により分布域の全域から急速に失われている。そのため、遺伝的にサツキマスになりやすい系統(以下、サツキマス系統)を選抜飼育して放流することで、野外集団におけるサツキマスの個体数回復を目指す試みが一部の河川でなされている。一方、本種には、0歳成熟オスを除いて、1歳になる秋に体サイズ閾値を超える高成長をした個体がスモルト化する(降海準備を開始する)という状況依存的な意思決定もみられる。そのため、サツキマス系統であっても、放流された自然河川での成長が低く閾値サイズを超えられなければ、スモルト化しない可能性が高い。
この仮説を検証するため、2019年7月に、有田川流域上流の自然河川(7河川10区間)において、2つのサツキマス系統の0歳魚を各系統、5区間ずつ放流して、同年秋の11月にスモルト化率を調べた。また、スモルト化が顕在化する時期である2019年10月から翌年1月に、放流に供した2系統の飼育環境下でのスモルト化率とスモルト化閾値サイズを調べた。その結果、秋に自然河川で再捕された個体は、1個体を除いてスモルト化していなかった。一方、飼育環境下でのスモルト化率は2つの系統でそれぞれ43%と53%であり、閾値サイズについては、放流個体がそれぞれ1%と5%しか達成できていない体サイズであった。以上の結果は、自然河川に放流されたサツキマス系統のほぼすべての個体が、低成長に基づく意思決定により、スモルト化しなかったことを強く示唆する。選抜飼育の過程では、高成長の個体から採卵・採精することが多い。そのような選抜が皮肉にも、スモルト化の閾値サイズを大きくすることで、状況依存的な意思決定の基準を厳しくしているのかもしれない。


日本生態学会