| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第67回全国大会 (2020年3月、名古屋) 講演要旨 ESJ67 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-PA-020 (Poster presentation)
中緯度以上の森林生態系では、枯死木は生態系の10-20%の炭素を蓄積しており、物質循環の重要な要素である。枯死木は多くの生物の栄養源にもなっているが、森林生態系の食物網を介した物質循環にどの程度寄与しているかはほとんどわかっていない。発表者らのこれまでの研究によって、約60年前の伊勢湾台風によって生じた大量の倒木が除去された場所(除去区)と残置された場所(残置区)では、捕食者であるクモ形類の安定同位体比や脂肪酸の組成が異なることが示されている。これは、倒木由来の物質が捕食者の栄養源に寄与していることを示唆していたが、その詳細な経路は明らかではなかった。そこで、本発表では、枯死木を利用する生物群集のうち、特にハエ目に着目して環境中の倒木量や発生基質の違いが安定同位体比および脂肪酸分析に与える影響を報告する。
調査地は北八ヶ岳麦草峠周辺の亜高山帯林である。2016-2018年の初夏から秋にかけて、羽化トラップ、マレーズトラップ、光誘引型トラップ等を使って採集したハエ目昆虫について、脂肪酸組成および安定同位体比を分析した。
脂肪酸分析の結果、キノコバエ科は真菌類に多く含まれるリノール酸の割合が高く、真菌食であることが確かめられた。他のハエ目は細菌特異的な脂肪酸を多く含み、細菌または細菌を多く含む腐植などを多く食べていることが示唆された。しかし、発生基質(土壌・倒木)間で脂肪酸組成に有意な違いはなかった。一方、安定同位体比は、倒木から羽化したハエ目は有意に炭素の安定同位体比(δ13C)が高く、窒素の安定同位体比(δ15N)が低かった。これは、倒木や倒木上の真菌子実体が他の餌資源(リター、土壌、植物)よりもδ13Cが高くδ15Nが低いことと一致した。マレーズトラップで採集されたハエ目においても、除去区に比べて残置区でδ13Cが高く、δ15Nが低い傾向が見られた。このことは、枯死木が亜高山帯のハエ目群集の主要な餌資源のひとつとなっていることを示す。