| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第67回全国大会 (2020年3月、名古屋) 講演要旨 ESJ67 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-PA-065 (Poster presentation)
体毛に蓄積するバイオマーカー(同位体、重金属、ステロイドホルモンなど)の分析は、野生動物の生態研究で広く用いられてきた。近年は、体毛が伸長期間中のバイオマーカーの変動を時系列的に保存する特性を利用して、長期的な食性や生理状態の変化を測る手法も提案されている。このような分析では体毛伸長様式に関する情報が不可欠であるが、多くの動物では科学的根拠が不足している。本研究ではヒグマを対象に体毛の伸長期間と伸長速度、換毛期間、および毛周期に関連した毛根の形態変化を明らかにした。実験はのぼりべつクマ牧場で飼育されている成獣メス4頭を対象に実施し、4月から11月まで月一回の頻度で体毛伸長を観察した。また、同期間に知床半島にて捕獲された野生ヒグマの毛皮(n=45)を観察し、ガードヘアの伸長を記録した。その結果、ガードヘアは概ね5月上旬から10月初旬にかけて平均0.56 ㎜/日の速度で伸長することが示された。アンダーファーは8月に伸長を開始し、11月末も伸び続けていた。インターミディエイトヘアは生え始めの時期にばらつきがあり、伸長期間も個体によって3~5か月の幅があった。換毛は概ね5月から8月末で、遅くとも9月末までに完了した。また、毛球の形状には白い球状、黒い鉤状、白い鉤状の3タイプが存在しており、それぞれ毛周期における休止期、成長期、退行期に該当すると考えられた。換毛中は前年に伸長した体毛と当年に伸長途中の体毛が混在しているが、毛球形状に着目することで前年の体毛(白い球状)と当年の体毛(黒もしくは白い鉤状)を見分けることができる。本研究で明らかとなった体毛伸長様式を応用することで、野生ヒグマの生態をより詳細な時間スケールで解明できるだろう。しかし、ヒグマの食性や生理状態の変化が体毛中のバイオマーカーに反映されるまでの期間や蓄積の度合いは未だ明らかではなく、今後給餌実験等を通して解明されることが望ましい。