| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
一般講演(口頭発表) B01-11 (Oral presentation)
動物の採食生態には個体差が存在することが多くの種において報告されている。個体がどのような食物をどの程度獲得できるかは、個々の生存や繁殖成否に直接的な影響を及ぼすため、採食生態の個体差の理解は生態学上重要な課題である。本研究のフィールドである知床半島は、海岸から高山帯に至る多様な資源を有し、世界有数のヒグマ高密度生息地として知られている。一方で、サケ科魚類などの高エネルギーな食物をヒグマが利用できる期間と場所は限られており、その資源量も年によって大きく変動する。本研究では、知床半島に生息するヒグマが限られた資源をどのように利用しているのかを明らかにするため、ヒグマの個体ごとの食性に着目し、年・地域・性齢クラス間で食性を比較した。2011年から2020年に知床半島で捕獲されたヒグマ(n=297)から体毛を採取し、窒素・炭素・硫黄の安定同位体比分析によって個体ごとの食性を推定した。その結果、年による安定同位体比の変動は明瞭ではなかったが、地域による差が認められた。窒素・硫黄安定同位体比が半島先端部で高い値を示したことは、半島先端部にヒグマがサケ科魚類を採食できる河川が多いという地理的特徴を反映していると考えられた。さらに、個体ごとの食性の多様性を表す指標である同位体ニッチ幅は、亜成獣グループより成獣グループで大きかった。特に成獣オスでは食性の個体差が顕著であり、サケ科魚類を高頻度で利用している個体もいれば、ほとんど利用していないと考えられる個体もいた。成獣メスと比べて広い行動圏をもつ成獣オスは、豊富な食物資源をもとめて地域間を移動できる。しかし、成獣オスが全て一様にサケ科魚類を利用するわけではなく、個体によってその利用頻度は異なるという結果から、サケ遡上河川などの限られた良好な採食場所を巡っては、個体間競争が生じている可能性が考えられた。