| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-007 (Poster presentation)
森林生態系に生息する野生動物種は、過去の氷期-間氷期の気候変動の中で、森林樹木の分布シフトに応じて生息域を変化させてきたと考えられる。特にツキノワグマUrsus thibetanusは、秋季に多量の堅果類を食べ冬眠に備えることが知られており、近年、堅果類樹種の豊凶情報は本種の出没規模の予測にも用いられている。そこで本研究では、ツキノワグマは堅果類樹種を主体とした冷温帯林の過去の分布シフトに追随し生息域を変化させてきた、と仮説を立て、本種の分布変遷を解明することを目的とした。具体的には、本州から四国にかけて採取した1333個体の核DNAのマイクロサテライト16遺伝子座の遺伝子型データを用いて、遺伝構造評価および過去の個体群動態推定を行った。さらに移住の効果も考慮した改変種分布モデルKISSMIG(Nobis and Normand 2014)を用いてブナFagus crenataなどの堅果類樹種の最終氷期最盛期(LGM: 約2万年前)の分布適地を推定した。解析の結果、ツキノワグマは15程度の地域個体群にクラスタリングされた。特に2つのクラスターに分けた場合には本州中部の日本アルプスに沿う盆地を境にその東西で遺伝的分化がみられ、これら地域はKISSMIGによりLGMにブナ林の分布可能性が低かったと推定された地域と一致した。集団動態推定結果からは、LGMへと向かう寒冷化した時期にツキノワグマ個体群の分布がこれら地域で東西へと分断され、それがツキノワグマの遺伝的分化の形成要因になったことが考えられた。さらに、LGM以降の温暖化で堅果類樹種など冷温帯林が分布拡大した際にツキノワグマも移動分散が活発化したことが示唆され、他のツキノワグマ地域個体群でも遺伝構造形成とLGMにおけるブナなどの分布適地との関係がみられた。これら結果から、最終氷期における堅果類樹種等の冷温帯林の分布シフトがツキノワグマの遺伝構造にも大きく関係した可能性が高いことがわかった。