| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-018 (Poster presentation)
奈良公園には国の天然記念物「奈良のシカ」(以下、奈良シカと記す)が1200頭以上生息する。奈良シカは野生動物であるが、観光客や住民による鹿煎餅や野菜屑等の給餌も行われている。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大(パンデミック)により奈良公園を訪れる観光客が大幅に減少した。第一期緊急事態宣言下で来街者数が前年比84.8%減少し、奈良シカの食性や日周行動に変化が見られている。動物において食性の変化は腸内細菌叢を変化させ、腸内細菌叢は宿主の健康状態や行動に影響する。そこでわれわれは観光客の減少が奈良シカの腸内細菌叢に影響を与えていると考え、排泄直後の糞を用いてパンデミック前後の腸内細菌叢を比較した。
分析には、パンデミック前(2019年7・8・12月、2020年1月)に集団遺伝学的解析のため採取した糞とパンデミック後(2020年3・6・7・9月)に採取した糞を用いた。全ての糞は奈良公園平坦部で排糞直後に採取し冷凍保存した。糞から全DNAを抽出し、腸内細菌に由来する16S rRNA部分領域(V3-V4)をPCR増幅した。次世代シーケンサーMiSeqで塩基配列を網羅決定し、構成細菌種の分類と豊富度のパンデミック前後での差異を決定した。糞採取時には、ホスト個体の性別と齢クラスを記録し、体側(個体識別用)と糞(性状判定用)の写真を撮影した。糞性状(粒状、塊状、下痢状に類型化)はパンデミック後に有意に粒状が増えた(カイ二乗検定、p= 6.65 × 10-5)。本発表では比較的行動圏が狭く定着的な雌成体を中心に計80個の糞の分析結果を報告する。地球規模のパンデミックという特異的な事象に際し、人間が野生動物に与える影響を腸内細菌叢の観点から明らかにすることは、今後の野生動物の保護・管理にも具体的な指針を示し、貢献することになると考える。