| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-101 (Poster presentation)
Oncorhynchus masou ishikawaeは、回遊多型がみられる世界最南限のサケ科魚類であり、海に降る降海型のサツキマスと、一生を河川で過ごす残留型のアマゴが同一個体群から出現する。しかし近年、サツキマスは、ダムや堰堤による海洋と河川の分断等により分布域の全域から急速に失われている。そのため、降海型を選抜飼育した養殖系統の放流により、サツキマス個体数を回復させる試みが一部の河川で行われている。本種には0歳成熟オスを除き、1歳になる秋に体サイズ閾値を超える高成長な個体の一部がスモルト化する(降海準備を開始する)という状況依存的な意思決定がみられる。そのため、降海型を選抜飼育した系統であっても、意思決定前に放流された場合、自然河川での低成長により閾値サイズを達成できなければスモルト化しない可能性が高い。
2019年7月に有田川流域上流の自然河川において、選抜飼育された養殖魚を放流、同年秋の11月にスモルト化率を調べた。また、スモルト化が顕在化する時期である2019年10月から翌年1月に、飼育環境下でのスモルト化率とスモルト化閾値サイズを調べた。その結果、秋に自然河川で再捕された320個体中スモルト化したのは1個体のみであり、閾値サイズを達成した個体も8個体であった。以上の結果は、状況依存戦略における可塑的な効果が、選抜飼育の効果を上回り、放流効果の低さに繋がったことを強く示唆した。
従来、放流魚の河川での低成長は、養殖環境への順化や適応、河川内での野生魚との種内・種間競争に起因すると説明されている。一方、近年の過度の人工林化は、餌資源となる河川への陸生昆虫供給量を低下させ、自然河川での低成長に大きく影響している可能性がある。2020年に自然河川への陸生昆虫添加を伴った放流実験を実施した結果、餌添加区では13.3%(98個体中13個体)、対照区では0%の個体がスモルト化した。このような野外操作実験の予備的結果も含めて、状況依存戦略と放流について議論する。