| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-159 (Poster presentation)
気候変動に伴う積雪量の増減によって樹木個体群の集団遺伝構造や葉形質にどのような変化が生じるか明確にするため、研究を行った。ブナ(Fagus crenata)が優占する落葉広葉樹林に調査区画30m×80mを2区画設定した(少雪区・多雪区)。区画間は距離が約30m離れており、積雪深に2m以上の差がある。調査対象のブナについて、林冠構造を観察して上層・中層・下層に階層区分し、各階層から30個体ずつ選定した。葉は、上層・中層木では陽葉と陰葉、下層木では陰葉のみ採取した。
集団遺伝構造の調査では、マイクロサテライト7遺伝子座について対立遺伝子頻度を定量化し、固定指数(Fst)の算出とSTRUCTURE解析を行った。どの階層(上層・中層・下層)でも、多雪区と少雪区の間で遺伝的分化が認められた。積雪量の増減によって樹木個体群の集団遺伝構造が変化することが示唆された。
葉形質は着葉日数*¹と葉内窒素量(以下N/area)*²を測定し、分散分析で同じ階層ごとに区画間の有意差を解析した。上層木陽葉では、着葉日数とN/areaの有意差は認められなかった。葉は光条件に対する可塑性が高く、上層の陽葉は同じような光条件にあるためだと考えられる。上層木陰葉と中層木陽葉・陰葉では、着葉日数の有意差は認められず、N/areaは多雪区の方が有意に大きかった。多雪区では冠雪による樹体破壊の影響が大きく、林内が少雪区より明るいためだと考えられる。下層木では、多雪区の方が着葉日数は有意に小さく、N/areaは有意に大きかった。埋雪期間が長くて春の展葉が遅れると、光合成タンパク質の量を増加して着葉日数の減少を補償していると考えられる。葉形質に積雪量の増減の影響が顕著に表れるのは、埋雪して着葉日数が小さくなる下層木であると示唆された。
積雪量の変動は樹木個体群に対して、長期的には集団遺伝構造、短期的には葉形質に変化をもたらすと結論付けた。
*¹:個体における展葉日と落葉日から算出。
*²:葉内窒素は光合成タンパク質や細胞壁に利用される。