| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-187 (Poster presentation)
シカの採食は植物群集の多様性、種構成を変化させ、各地で問題になっている。一方でそのメカニズムの理解は限定的である。本研究では葉の炭素獲得量とコストの関係に着目し、植物の採食への生理的な応答から群集組成が変化するメカニズムを検討した。
個葉の光合成での炭素獲得量から製造・維持コスト引いた“ベネフィット”の大きさは植物の成長・繁殖に大きく関わり、植物生理生態学の分野で長く研究されてきた。ベネフィットは、大きいほど個体の成長や種の分布拡大への投資が可能になり、種の優占度を決定する重要な要素であると考えられる。一方で、フィールドでの光合成測定の難しさから、種の炭素獲得と群集動態の関係はこれまで調べられてこなかった。
シカの採食は、葉寿命を減少させるため、種のベネフィットを変化させ、その影響は被食確率や葉のコストにより種間で異なると推測される。採食によりベネフィットがどう変化するのか、またそれが群集内の種の優占度にどう影響するのかを、北海道知床の防鹿柵内外の群集を比較し観察した。
結果としてシカのいない柵内では、個葉のベネフィットの大きさが優占度と強く正に相関していた。ベネフィットの大きい種ほど葉の成長、サイズへの投資が可能になり競争に有利になる。これにより柵内で“数種の独占する環境”が成立していると考えられる。一方、採食下ではベネフィットの種間差が小さく、優占度との関係は見られなかった。採食による葉の損失があることで、ベネフィットの差は生まれにくい。その結果、種間の競争力の差が縮まり、柵外において“多様な種が共存する環境”が成立していると考えられる。
このように個葉レベルの炭素獲得量の違いは群集の種の優占度を直接的に説明すると示された。本研究の結果は生理生態学と群集生態学の研究を結びつける手法の可能性を示唆し、この手法は採食等の撹乱に対する植物の応答を詳細に理解するのに有効だと考えられる。