| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-254 (Poster presentation)
気候変動によって生息に適した地域の分布は変化し、これに対して生物は分布拡大によって対応できる。こうした分布拡大の過程は定住と移動分散によって行われるため、気候変動に対応できるかどうか判断するためには、移動障壁を把握して移動できるかどうかを知ることも重要である。
移動障壁を多く含むような山岳地域を分布拡大していく場合、地形による局所的な気温の制限などによって河川沿いを利用することが考えられる。そのため、河川沿いの移動障壁を把握することが必要である。河川に生息する生物における遺伝構造については、分水嶺が障壁となり水系内が遺伝的に近縁となるStream-Hierarchyモデルと、分水嶺が障壁にならず、同一水系内よりも接した河川間が近縁となるHeadwaterモデルが知られている。河川を直接利用しない生物でも移動障壁によってこのようなモデルの遺伝構造が形成されることが考えられるが、そのような研究は少ない。そこで本研究では、複雑な水系ネットワークの存在する調査地において、明るい林縁を利用する温帯性の昆虫であるクツワムシを対象とし、河川沿いの障壁と分布拡大過程を明らかにすることを目的とした。
MIG-seqによって得られたSNPを用いて行った集団遺伝解析では、遺伝的なクラスターが分水嶺を境界として確認され、クラスターの混合が見られたことから、分水嶺は部分的な障壁であることが示唆された。また、同一水系でも境界が見られた。このような遺伝構造は河川に生息する生物とは異なるパターンである。Maxentによる生息適地モデリングでは、分水嶺では生息適地確率が低くなっていたが、河川沿いのクラスターの境界では生息適地確率では障壁が確認できなかった。これは河川沿いの障壁のある地域では地形的な要因から攪乱があまり起こらず、クツワムシの利用する明るい林縁が形成されてこなかったことが要因と考えられる。こうしたことから本地域では分水嶺を越えた経路でも分布拡大してきたことが示唆された。