| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-254 (Poster presentation)
クロビイタヤ(Acer miyabei)は、北海道、東北、および中部地方に隔離分布するカエデの一種である。北海道と東北北部に自生する品種クロビイタヤ(A. miyabei f. miyabei)は果実にビロード上の毛がついているが、東北南部から中部地方には毛のない果実をつける個体が混成し、シバタカエデ(A. miyabei f. shibatae)として区別される。生育環境は、河川の氾濫源や斜面下部の湿地であるが、こうした場所は農地や市街地として開発が進んでおり、環境省RLではクロビイタヤは絶滅危惧II類(VU)、シバタカエデは絶滅危惧IB類(EN)として記載されている。本研究ではクロビイタヤとシバタカエデの遺伝構造を明らかにし、保全のための基礎情報を得ることを目的とした。分布域を網羅するように43地点から604個体の葉のサンプルを採集し、12座のSSRマーカーを用いて遺伝子型を決定した。クロビイタヤとシバタカエデは、北海道から中部地方にかけて3つの地域に隔離分布しているが、STRUCTURE解析や主成分分析の結果から、地理的まとまりと遺伝構造とが完全には一致しないという結果が得られた。クロビイタヤとシバタカエデが混成する個体群を調べたところ、分類群ごとの遺伝的クラスターは形成されず、両者には遺伝子交流があると推測された。遺伝的多様性の指標となるアレリックリッチネスおよびプライベートアリルの出現頻度を比較したところ、東北南部や中部地方の高標高域の集団が高い値を示した。本地域は氷期のレフュージアとして機能していたものと推測される。以上ことより、(1)現在みられる隔離分布は最終氷期以降の温暖化にともない成立したであろうこと、(2)東北南部および中部地方の集団は自生地が少ないにもかかわらず特異的な遺伝的多様性をもち、保全上注目すべき個体群であること、(3)クロビイタヤとシバタカエデに遺伝子交流がみられたことから、保護区の設置などにおいては両者をある程度一体的に取り扱うことが可能であることなどが示唆された。