| 要旨トップ | 本企画の概要 | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨
ESJ68 Abstract


シンポジウム S09-2  (Presentation in Symposium)

桐生試験地における長期観測: 集水域研究の強みとは
Long-term observations in Kiryu Experimental Watershed: advantages of the catchment study

*大手信人(京都大学情報学研究科)
*Nobuhito OHTE(Informatics, Kyoto University)

集水域を対象とする調査は森林が成立するような湿潤な気候下の陸域生態系の物質循環を把握するための代表的な方法である。1960〜1970年代に北東アメリカのハッバードブルック実験林で行われた大規模な操作実験は、この方法論が世界的に敷衍される出発点となった。桐生試験地の観測は1964年から1974年まで実施されたInternational Biological Program (IBP)の活動の中で、上記と同様のコンセプトのもとに1972年に開始された。生態系スケールでの物質収支を計算するためにはinputとしての降下物とoutputとしての渓流水質を把握する必要がある。森林の生育、維持、撹乱、回復などの動態に関するプロセスを上記のような物質循環量の情報とともに解析することで、生態系の構造と機能を正確に理解することができる。長期にわたって観測を継続することの強みは、生態系の動態を短期的な変化と長期的な変化の両方を俯瞰的に把握することができることだろう。例えば、桐生試験地では1972年から33年間で若齢だった森林は壮齢の森林になり、その間、年平均気温の上昇も検出されているが、この間の集水域レベルの蒸発散量の変動は微少で増加の傾向は見られなかった(Katsuyama and Kosugi 2007)。他方、1990年代前半に生じたマツ枯れによる攪乱は、集水域レベルの窒素収支に大きな影響を与え、渓流水中のNO3-濃度が急激に上昇し攪乱前のレベルに戻るまでの時間は10年だった(Oda et al. 2018)。つまり、気候変動などのような緩慢な変化の影響と、病虫害などによる撹乱に対する反応とでは変化の時定数や関与する生態系機能がことなるが、自然条件下ではこれらが重なって生じることが多い。これらの反応を峻別しつつ実証的に議論できる情報は連続的なデータの蓄積によるしかない。


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