| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨 ESJ68 Abstract |
自由集会 W04-4 (Workshop)
カイヤン(Pangasianodon hypophthalmus)は東南アジア原産のナマズ目魚類で、体長は最大で130 cmにも及ぶ。本種がどのような餌資源を獲得して大きく成長し、その巨体を維持しているのかは興味深い。しかし、本種の食性に関する知見は非常に乏しく、胃内容物は消化が進んでいるため餌資源の特定が困難であった。脂肪酸は生物種によって特徴的な構造も確認されているため、脂肪酸の測定により捕食者が利用する餌資源を絞り込める。そこで本研究は、脂肪酸分析によりカイヤンの食性を推定することを目的とした。
タイ国のダム湖で漁獲されたカイヤンの稚魚(全長35–50 cm、n = 25)と成魚(全長79–106 cm、n = 11)、および食性が既知の魚類(肉食性:n = 10、雑食性:n = 11、藻類食性:n = 6、プランクトン食性:n = 10)から筋肉を採取した。脂肪酸とあわせて、カイヤンは炭素・窒素・硫黄安定同位体比を、その他魚類は炭素・窒素安定同位体比を測定した。
カイヤンの成魚は、渦鞭毛藻に由来する脂肪酸が多く検出されたことから、表層で植物プランクトンを摂餌していると考えられる。一方でカイヤンの稚魚は、バクテリアや底生生物に由来する脂肪酸が多く検出されたことから、湖底の堆積物に含まれる物質や底生動物を摂餌していると考えられる。カイヤンおよびその他魚種において、安定同位体比の値が低いほどバクテリアや底生生物由来の脂肪酸の割合が増加し、安定同位体比の値が高いほど植物プランクトン由来の脂肪酸の割合が増加する傾向が見られた。このことから、脂肪酸マーカーは安定同位体比と同様に、生食連鎖と微生物食物連鎖を区別する指標として有効であると考えられた。脂肪酸マーカーと安定同位体比の併用により、本種が成長に伴って食性を変化させ、微生物食物連鎖から生食連鎖の構成員へと移行することが示唆された。本研究で得られた知見は、湖沼生態系において微生物食物連鎖が魚類の餌資源として寄与することを示唆している。