| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第68回全国大会 (2021年3月、岡山) 講演要旨
ESJ68 Abstract


第25回 日本生態学会宮地賞/The 25th Miyadi Award

群集のなかの雌雄差
Sexual dimorphism in ecological communities

辻 かおる(京都大学生態学研究センター / スタンフォード大学生物学科)
Kaoru Tsuji (Center for Ecological Research, Kyoto University / Department of Biology, Stanford University)

 雌雄の間にみられる形質の違いは、性淘汰や性的対立など、同種他個体間の相互作用を反映するものとして古くから捉えられてきた。しかし、形質に雌雄差がある種では、他種の個体との関わり合いも性別により異なる可能性がある。また、その結果、雌雄差が複数の種から成る群集の構造に影響を及ぼすこともありうる。雌雄差は種内の現象、群集は種間の現象として、別々に研究される傾向があり、雌雄差と群集構造の関係についてはあまり実証されてこなかった。この周囲の生物との関わり合いを明らかにしようと、これまで花の形質に雌雄差がみられる雌雄異株植物であるヒサカキを対象とした研究を行ってきた。本講演では、この試みによってみえてきた雌雄差と群集の関係について紹介したい。

 この研究は、ヒサカキの花を食害するソトシロオビナミシャクの幼虫が雄花でしか見つからないことの発見から始まった。雄の寄主植物のみを資源として利用する現象は、植物界では知られていなかったため、幼虫に雄花もしくは雌花を与えると、雄花を食べた幼虫は確実に羽化するが、雌花を与えると花を食べると99.8%が死亡した。この結果をうけて、日本列島における地理的変異を調べたところ、この花の防御の雌雄差は、ナミシャク成虫の産卵選好の行動の進化をさせたであろうことが分かった。さらに、昆虫のほかに微生物への影響を調べると、雄花と雌花では蜜のなかにみられる微生物の個体数や種構成が大きく異なり、微生物群集の形成過程も異なっていた。最新の研究では、送粉者の行動が花の雌雄差を進化させうることや、花食性昆虫や花蜜内微生物が植物の繁殖成功を変化させることなども分かってきている。

 この一連の研究から、ある一種の生物にみられる雌雄差は、多岐にわたる分類群から成る生物群集に影響を与え、また逆に、群集が雌雄差の進化に影響を与えこともあることが分かる。このような雌雄差と群集の関係は、植物を中心とした群集だけでなく、水域の動物群集でも報告されはじめている。しかし、これまでの研究では雌雄差が他の生物に直接的に与える影響しか実証されていない。今後、生物間相互作用網を介して、雌雄差と群集がどのように関わりあっているのかを調べることで、群集形成過程や雌雄差の進化をより深く理解できるようになると期待している。


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