| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(口頭発表) D04-02 (Oral presentation)
シカの高密度化により,高い摂食圧にさらされた森林植生の衰退が環境問題となっている.シカは選択的採餌により嗜好種を優先して採食し,下層植生の生物多様性の喪失を招く.シカの個体密度が増大し嗜好種が衰退すると,それまで避けていた植物種や器官も採食するようになり,さらなる植生の衰退が引き起こされる.シカの摂食圧を下げる施行として計画的な狩猟やシカの排除柵の設置を行った地域では,植生がすみやかに回復するケースもある一方,高い摂食圧下に長期間さらされた森林はシカ密度を低下させても,即座に回復しないことが知られている.
シカによる森林植生の衰退は,地上部の植物群集のみならず,土壌生物相にも影響を与える.なかでも,陸上植物の8割と共生すると言われる菌根菌は,森林の植物群集と正のフィードバックを形成する.シカによる高い摂食圧下にある森林では植物の存在量低下に伴い菌根菌相も衰退すると考えられる.その結果,菌根共生系が維持されず,森林の植生回復に不可逆的な影響を与える可能性がある.
そこで,本研究では菌根菌と森林植生との相互作用を考慮した森林動態モデルを構築し,シカ摂食圧下で森林植生が維持される条件を数理的に検討した.その結果,シカ摂食圧がある閾値以上になると,非連続に森林衰退が起こるという予測を導いた.この閾値は森林植生のレジームシフトを引き起こし,ひとたびシカ摂食圧が高まり植生が衰退すると,シカ摂食圧を下げたとしても植生は回復せずそのまま衰退してしまうことが示された.