| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(口頭発表) F03-07 (Oral presentation)
現在日本の野生鳥獣問題に、ニホンジカ(Cervus nippon)の分布拡大がある。シカの侵入と高密度化は下層植生の衰退や植生の改変、森林更新の阻害といった被害をもたらす。シカに利用された植物は糞として排泄され、糞を利用する昆虫にとっては餌資源の供給となる。つまりシカの侵入は森林植生への影響にとどまらず、糞虫の個体群動態に影響を与える。先行研究では、シカの高密度化は糞虫の個体数に正と負の両方の影響を与えることが示唆されており、シカが糞中群集に及ぼす影響の統一的な見解は存在しない。本研究では、シカの侵入が糞虫群集の個体群動態に与える影響を解析するための数理モデルを構築した。まず、在来哺乳類群集と糞虫が安定的に共存する地域にシカが侵入する状況を想定する。在来哺乳類とシカは資源をめぐる競争関係にあると仮定し、糞虫についてはシカ糞を利用できるジェネラリスト糞虫と、在来哺乳類の糞のみを利用可能なスペシャリスト糞虫の2種が存在すると仮定した。シカ侵入前は2種の糞虫間の競争係数が十分に弱い時に、在来哺乳類と双方の糞虫が共存する。一方シカの侵入後は、シカの個体数が増えるに従って糞虫の共存が次第に難しくなり、最終的に哺乳類糞スペシャリストの糞虫が絶滅するという結果が得られた。つまり、シカの侵入は餌資源選好性の異なる糞虫群集の共存可能性を低下させることが示唆された。 今回得られた結果は、シカの分布拡大とそれに伴う動物群集動態の理解に役立つとともに、今後シカの分布拡大が予想される地域での群集組成の変遷を予測する一助となる。今後は、糞虫の移出入や植生のダイナミクス等を考慮したモデルを構築することで、侵入種の存在下における在来生物の個体群動態と共存可能性について議論したい。