| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨
ESJ69 Abstract


一般講演(口頭発表) F03-12  (Oral presentation)

河川性魚類の分布拡大・移動分散様式:イワナを例とした河川争奪イベントの検証
How have stream organisms expanded their distributions beyond the watersheds?  A genetic test for stream capture hypothesis in white-spotted charr.

*増田太郎(摂南大学), 下野嘉子(京都大学), 岸大弼(岐阜県水産研究所), 小泉逸郎(北海道大学)
*Taro MASUDA(Setsunan Univ.), Yoshiko SHIMONO(Kyoto Univ.), Daisuke KISHI(Gihu Pref. Res. Inst.), Itsuro KOIZUMI(Hokkaido Univ.)

 河川争奪とは、ある水系に属する一河川を他の水系が取り込むという地理的現象を指し、より広範な水系再編の一形態である。この現象は、回遊性に乏しい魚類個体群にとって本来不可能である他水系への分布拡大の契機となり、種の拡大と隔離、種分化に至る過程を誘起する可能性が指摘されている。先行研究の多くは氷河地形などの大きなスケールで行われており、日本のように局所的な造山運動が活発な地域において、河川争奪がどのように生物の分布や遺伝構造に影響するかは不明である。イワナ (Salvelinus leucomaenis)はサケ科の冷水性魚類であり、分布南限にあたる本州中西部では河川源流域に陸封されている。本研究では、分布辺縁部の陸封イワナ個体群をモデルとして、現在の分布域の成立に対する河川争奪の寄与を明らかにすることを目的とした。
 既報の河川争奪箇所を含め、源流部が近接する日本海、太平洋、琵琶湖への流入河川においてイワナ試料を採集し、MIG-seq解析を行うことにより、地理的遺伝構造を推定した。解析の結果、これら三水系の源流部に生息するイワナ個体群は、各々異なる遺伝的クラスターを形成していることが明らかとなった。また、河川争奪過程が明らかになっている源流部の個体群は、現在の水系ではなく争奪前の水系の個体群と近縁で、本手法により河川争奪に起因する個体群の水系間移動が確認できた。更に、現在の水系に従わない個体群が複数確認でき、それら個体群の遺伝構造は、争奪前に属した水系の遺伝構造を維持した「飛び地型」と、現在属する水系と以前属した水系両者の遺伝的な「混合型」に分けることができた。
 以上より、本州のように地殻変動が活発な地域において河川争奪が生物の分布や遺伝構造に大きく影響することが示唆された。また、近接した源流部における試料収集とゲノム網羅的SNPs解析を組み合わせた本手法は、これまでに報告のない未知の河川争奪事象を見出すことにも役立てられると期待できる。


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