| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(口頭発表) H02-07 (Oral presentation)
伝染病を引き起こす病原体は、急速に巧妙に進化する能力に奇跡的なまでに長けたウイルスや細菌や原生生物などの微小生物たちであり、人間によるこれら病原体への対策が、それを凌駕する病原体の対抗進化を引き起こしたり、病原体をより強大な敵として育てる危険すらあります。これが単なる杞憂ではないということは、病原性細菌に対する抗生物質投与という20世紀の人類にとっての切り札が、耐性菌の進化というしっぺ返しを受けたことや、それに対する複数抗生物質の同時投与という新たな切り札が多剤耐性菌の進化をもたらしてしまったという、「連鎖球菌」等の病原体との闘いの歴史を振り返るだけでも明らかでしょう。
私たちは、生物進化が生み出した「対病原体の最終兵器」とも言える免疫機構をかいくぐり、また最新の科学技術が生み出す対病原体兵器であるワクチンや抗ウイルス剤などをかいくぐるインフルエンザA型ウイルスや新型コロナウイルスなどの「たちの悪い」病原体に着目し、その免疫やワクチンからの病原体の逃避という複雑な進化動態を、病原体の毒性の進化という人類にとっての切実なテーマと組みあわせることによって、その進化の方向を数理モデルを用いて一般的に予測することを試みました。
本講演では、病原体の免疫逃避突然変異の蓄積と、宿主の特異的免疫と交差免疫によるその追跡という共進化ダイナミクスのもとで、病原体の毒性がどう同時進化するかという複雑な問題に、量的形質の遺伝学と適応進化の動態とを統合する新理論体系(オリゴモルフィック・ダイナミクス)を開発し適用することで、その精密な予測が可能になることを示します。この理論の解析により、免疫やワクチンからの逃避を繰り返す病原体では、感染宿主をより激しく搾取し、重篤化させる方向への進化が起きやすいこと、つまりより強毒化する一般的傾向があることが明らかになりました(Sasaki et al. Nat Ecol Evol 2022)。