| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(口頭発表) I05-02 (Oral presentation)
生物多様性の第2の危機の背景には、農山村の人口減少と高齢化がある。これは広域的な社会経済変化を反映しており、高度経済成長期からの過疎化の延長上にある。そのため自然環境保全という単独の課題設定による解決がむずかしく、効果的な行政施策の枠組みが確立していない。この状況の解決に向けて、「地域循環共生圏」等、多様な主体の連携と持続可能な地域づくりにつながる取り組みが模索されている。長野県木曽町開田高原は、在来馬である木曽馬の産地であり、御嶽山の眺望で知られている。20世紀中葉には多くの馬が飼育され、広大な草地が火入れや採草、放牧で維持されていた。その後、人口減少、馬飼育の衰退、草地の激減がすすみ、現在では木曽馬の保存も課題となっている。一方、局所的に伝統的な草地管理が維持されており、草原性の希少種が多く残存する。この状況を踏まえ、地域住民、木曽馬保存関係者、地元自治体との協働により木曽馬に関する地域文化と伝統的草地管理の再生をつなぐ取り組みを2018年に開始した。高齢者の伝統知の聞き取り、伝統的な干草積みである「ニゴ」づくりの伝承、刈草の馬への給餌、市民参加調査の企画(感染症流行により中止)、住民アンケート調査、異分野間のオンラインセミナー等をこれまでおこなってきた。住民アンケートでは、高齢者ほど木曽馬やニゴへの親しみがある一方、若い年代ほど草地再生活動への協力に肯定的な傾向がみられた。現在では、高齢者の生態的伝統知(traditional ecological knowledge: TEK)によりもたらされうる恩恵が、木曽馬文化の伝承や花咲く風景等の非物質的要素を中心としたものであるため、その可視化による共有(タンジブル化)が重要と考えられる。今後は伝統知をそうした地域づくりの資産として若い年代に伝えるとともに、地域外からの参加機会を広げることが望ましいと思われる。