| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-025 (Poster presentation)
近年、ツキノワグマUrsus thibetanusの分布域が本州各地で拡大しており、本種による農林業被害や人との遭遇事故が社会的な問題となっている。こうした問題の軽減にむけ本種の駆除頭数は年々増加傾向にある一方、出没規模に関連して変化する管理圧がツキノワグマ集団に何らかの影響を与えている可能性がある。本研究では、これまで自治体が行ってきた個体数調整がツキノワグマ集団に与えてきた影響を明らかにすることを目的とし、長野県を対象に経時的な地域内の遺伝構造・集団動態評価を行った。
長野県環境保全研究所で2006年以降保管されてきた捕殺・捕獲個体試料のうち、継続的な試料蓄積のある6市町村(大町市・松本市・塩尻市・木島平村・山ノ内町・上田市)を対象に、約650個体の試料について、両性遺伝する核DNAおよび母性遺伝するミトコンドリアDNAの遺伝情報を取得した。さらに歯の年輪数から推定した供試個体の年齢情報を用いて、誕生年に遡り1986年~2022年までの時空間的な遺伝構造、遺伝的多様性および血縁性などの集団遺伝学的解析を行った。
個体レベルでゲノム組成を考慮して遺伝構造を評価するSTRUCTURE解析の結果、大町市以外の各地域内では複数の地域系統が検出されたが、上田市を除いた4地域ではそれら遺伝構造に地理的パターンはみられなかった。また全6地域において時間スケールに沿った遺伝構造の変化はみられなかった。1995年以降の各誕生年集団においては、集団内の遺伝的多様性の経時変動と県内の捕殺頭数の年次変動に明確な関係がみられなかった。
以上の結果により、長野県におけるツキノワグマの個体数調整が次世代集団の遺伝的多様性に大きな影響を与えた可能性は低いことが示唆された。一方、各地域内から複数の地域系統が検出されたことから、これら系統の保全を考慮した保護管理策が必要であることもわかった。