| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-330 (Poster presentation)
純淡水魚の分布域形成や遺伝的集団構造は,山地形成や海水準変動に伴う生息範囲の分断とともに,遺伝子流動を伴う二次的接触や各地域における集団動態など様々な集団過程の影響を受ける.しかし,これまでその検証はミトコンドリアDNA部分配列などによるものが主流であり,限定的であった.本研究では,富山・濃尾・大阪の3つの平野に分布する純淡水魚イタセンパラ(コイ科タナゴ亜科)を対象に,ゲノムワイドデータを用いた分子系統解析,集団動態モデリング,歴史集団動態解析を通して,より詳細な分布域形成史の復元を試みた.本種の3つの地域集団より各8個体の全ゲノムリシーケンス,最近縁種ゼニタナゴ1個体の全ゲノムシーケンスを行い,完全ミトゲノム配列とゲノムワイドSNP(約50万サイト)を得た.ミトゲノム系統樹では富山集団と大阪・濃尾集団がそれぞれ単系統となり,濃尾集団は単系統になるものの,大阪集団は側系統的であった.一方,ゲノムワイドSNP系統樹では3集団がそれぞれ単系統となり,また富山集団と濃尾集団が姉妹群となる点でミトゲノムと異なる結果を示した.両系統樹とも,イタセンパラ地域集団間の分化の程度はイタセンパラ−ゼニタナゴ間の分化の程度に比べてきわめて小さかった.集団動態モデリングでは,最尤モデルとして,大阪集団が最初に分化し,分化した全集団間で遺伝子流動があるモデルが選ばれ,3地域集団間の分化は約20万年前にほぼ3分岐的に生じたと推定された.歴史集団動態解析では,各集団とも最終氷期に対応した個体群縮小のパターンが得られ,特に富山集団では顕著な個体群縮小が推定された.本研究の結果は,数十–数百万年前の山地の隆起と関連して想定されていたイタセンパラの分布域形成史,すなわち,まず富山集団が分化し,後に大阪,濃尾集団が分化したとする仮説を支持しなかった.本結果に基づき,新たな集団分化シナリオを検討する.