| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-346 (Poster presentation)
分散の性差は、哺乳類で広く見られる現象である。特に大型食肉目のヒグマUrsus arctosは、オスの行動圏がメスの数倍大きく、オスに極端に偏った分散をする。先行研究で、この分散の性差はヒグマの集団動態に影響を与えることが指摘されている。例えば北海道のヒグマ個体群では、母系遺伝するミトコンドリアDNA分析により、異なる3つのハプログループが道南、道央、道東の3地域に異所的に分布することが明らかにされている一方、父系遺伝のY染色体分析では、そうした明瞭な遺伝構造が確認されない。しかし、これらの研究は、特定の遺伝子マーカーのハプロタイプに基づいており、集団内における長期にわたる遺伝子流動の規模や変化の違いを検出できない可能性がある。そのため、これまでの研究では、分散の性差がどのようにヒグマの集団動態に影響を及ぼすのか評価することが困難であった。
そこで本研究では、北海道のヒグマを対象にddRAD-seq解析を行い、ゲノム上から数千から数万の一塩基多型(SNPs)を取得することで、オスの分散による遺伝子流動の違いを検出することを試みた。また、これらの結果を先行研究の結果と照合することで、分散の性差が北海道のヒグマ個体群の遺伝構造に与える影響を評価した。
常染色体上から得られた44,118SNPsに基づく解析の結果から、北海道のヒグマ個体群は大きく道南集団と道央-道東集団に分かれることが示された。また、これらの中間に位置する石狩西部地域の個体は、2集団の中間的な遺伝的特徴をもっていた。X染色体と常染色体の遺伝的分化度の比であるQstを算出したところ、どの地域においてもオスに偏った分散の影響が強く見られるものの、その違いが集団間で異なる可能性が示唆された。これらの結果から、オスの分散が北海道のヒグマの集団動態に影響している一方、距離による隔離などそれ以外の要因によっても、集団構造が変化すると考えられる。