| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-350 (Poster presentation)
昆虫の多くは飛翔能力を有しており、その主な移動手段は飛翔である。しかし、種内で飛翔能力に多型性が見られる現象が知られており、一部の分類群では飛翔能力が種レベルで消失している現象も知られている。これまで特定の種における飛翔能力消失の要因には環境条件が示唆されてきたが、未解明な部分が多い。解決を妨げる要因として近縁種との飛翔形質や行動の比較検証ができない点、対象種の飛翔能力消失の至近要因への理解が不十分な点が挙げられる。ノコギリクワガタ属は伊豆諸島に広く分布しており、八丈島に生息するハチジョウノコギリクワガタ(以下ハチノコ)のみ種レベルで飛翔能力が消失している。八丈島にはクワガタの餌資源となる樹種はあるものの、ハチノコの出現時期には樹液が殆ど出ておらず、樹液の採餌例は観察されていない。このため、ハチノコは飛翔能力をもたず、地表を移動し、そこにある餌資源を利用している可能性がある。しかし本種の飛翔形質についてはわずかな検証例があるだけで、脚長等の歩行に関連する形質や両形質間でのトレードオフについては殆ど明らかになっていない。そこで本研究では、ハチノコの飛翔能力消失の至近・究極要因の解明を目的とし、ハチノコと伊豆諸島に生息する近縁種であるノコギリクワガタ基亜種・ノコギリクワガタ伊豆諸島南部亜種を対象に野外及び室内実験を行なった。まず飛翔行動、翅の萎縮、飛翔筋の萎縮を調べた結果、飛翔行動の消失や翅の萎縮は種間で違いはみられなかったが、ハチノコにおいてのみ飛翔筋の萎縮が確認された。また、ハチノコは殆どの個体で消化管内に内容物の残留が確認され、林床に仕掛けたベイトトラップのみで捕獲された。更に、ハチノコは他の近縁種と比べて脚長は有意に短かったが、歩行速度に差はなかった。以上より、ハチノコの飛翔能力消失の至近要因は飛翔筋の萎縮が、究極要因は地表の餌資源利用による可能性がそれぞれ考えられた。