| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-353 (Poster presentation)
生殖隔離の進化は種分化の重要な過程であり,種間の交尾器形態の不一致による機械的隔離はその要因の一つである.祖先種が異所的に分化した後,二次的接触による分集団間の交雑が生じた時,不適応な雑種形成や交尾器の損傷といった交雑コストを避けるように生殖形質が分化することが知られている(生殖的形質置換).しかし,交尾器形態の生殖的形質置換をもたらした淘汰を検出した例は未だ無く,置換した交尾器形態がどのように交雑コストを低減しているのかも未解明である.
雌雄交尾器形態に錠と鍵的対応を持つマヤサンオサムシは,姉妹種であるイワワキオサムシと側所的に分布を接する集団で,交尾器形態の種間差が増加するような生殖的形質置換を示す.マヤサンオサムシ各集団を用いてイワワキオサムシとの種間交尾実験を行ったところ,接触集団で形質置換した長い雄交尾器には,交尾器損傷のリスクを回避する点で有利になるような自然淘汰(強化淘汰)が働いていることを見いだした.さらに,形質置換した長い雄交尾器が柔らかくなっていることに注目し,交雑コスト回避を可能にする力学的なメカニズムを解明するために,マヤサンオサムシの各集団を用いて雄交尾器の物理特性(弾性率)を測定したところ,最も長い交尾器を持つ接触集団は他集団よりも平均弾性率が低く,また長い雄交尾器ほど弾性率が低いことが明らかになった.
以上の結果は,生殖的形質置換に伴い,マヤサンオサムシの雄交尾器が長さだけでなく物理特性も変化,すなわち柔軟化していることを示している.マヤサンオサムシの接触集団で交尾器に働く強化淘汰は,交尾器を長くすることによる種間差の増加によって種の認知を容易にし,イワワキオサムシとの機械的生殖隔離を強めると共に,柔軟性の進化も生じることで交雑時の交尾器損傷のコスト回避も可能にしたことが示唆される.