| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-397 (Poster presentation)
ニホンヤモリGekko japonicusは日本列島と中国に広く分布するヤモリである。先行研究から日本列島の集団は大陸からの古い移入個体群であり、日本への定着が可能となったのは最終氷期以降と考えられている。しかし、日本列島における詳細な集団構造や具体的な侵入年代等は明らかになっていないため、これを解明することを目的とした研究を行った。
ニホンヤモリは建造物や貨物などの人工物を好んで利用するため、分散のプロセスは人間活動と密接に関わっていると考えられた。そこで日本の古文献を精査し、古代における爬虫類などに関する知見を収集することでニホンヤモリの分散史についての仮説を設計した。1827年の箋注倭名類聚抄によれば、トカゲという名前の語源は一説に「戸の陰にいるもの」であり、古くはヤモリを表すものであった。トカゲという名前は平安時代の文献には既に登場しており、古くから知られていた可能性がある。また、1697年の本朝食鑑にはヤモリが西日本には生息しているが関東では見られなかったことを示唆する記述がある。こうした記述から、日本列島に侵入したニホンヤモリは人間社会の発展とともに少しずつ分布を拡大してきたと考えた。これを検証するため、ddRAD-seqによる高解像度の遺伝学解析を行った。分子系統や集団構造から、日本列島の個体群は先行研究では見られなかった地理的に分化した遺伝子構造を有していることが明らかになった。さらに各地域集団の分岐年代と集団動態から、ニホンヤモリは最終氷期の終わった縄文時から弥生時代に中国から九州へ侵入し、その後数千年から数百年の時間をかけて少しずつ西から東へと日本列島での分布を広げていったと推定された。各地域における分散史は古代における近畿地方の都の発展や中世・近世の貨幣経済・物流網の拡大といった人類社会の発展と類似点が数多くあり、ニホンヤモリが中長期的に人間活動の影響を受けてきたことで現在の分布を形成した可能性が示唆された。