| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-067 (Poster presentation)
多くの社会性ハチ類の生活史において,交尾を終えたばかりの新女王が単独で営巣・産卵し,孵った幼虫をワーカーとして育て上げるコロニー創設は,死亡率が最も高い段階である.一方,ヤマアリ亜科など,アリの中でも派生的な系統では多くの種において,創設過程の女王が出巣することなく幼虫に給餌する.このような蟄居型の創設過程では不要になった飛翔のための筋肉(飛翔筋)等を餌に転用すると考えられてきた.また幾つかの種では,その創設過程で女王の食道が袋状に膨れることが報告され,「胸嚢」とよばれるこの部分に液状の餌を蓄えると示唆された.従って胸嚢の形成は蟄居型創設において重要な役割を果たすはずだが,その形成過程はほとんど理解されていない.そこで本研究では,日本に多く分布するトビイロケアリLasius japonicus(ヤマアリ亜科)の新女王を対象に,胸嚢が形成される過程を詳細に観察した.
トビイロケアリ新女王を給餌せずに単独で隔離した結果,1週目に産卵を開始し,2週目に最初の幼虫が孵化,6週目には最初のワーカーが羽化した.従って,少なくとも2-5週目の間は胸嚢に幼虫への給餌物が貯蔵されていると示唆された.そこで創設開始0-8週の女王の胸部食道サイズを計測したところ,3週目以降に食道の一部が袋状に膨れる,つまり胸嚢の形成が確かめられた.また,胸嚢形成に先立って食道背方の飛翔筋が退縮すること,そして食道はその背方に向けて膨れることが分かった.さらに,共焦点レーザー顕微鏡を用いた観察により,創設0週目の女王では食道の中でも背面側ほど食道壁が肥厚し,細かく折り畳まれていたが,胸嚢形成後の3週目にはそれらの構造が薄く引き伸ばされることがわかった.以上の結果より,新女王の食道にみられる微細構造は,飛翔筋分解により胸部内に生じた空間を占めるような食道の膨張を可能にする,胸嚢形成への適応だと考えられる.