| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-114 (Poster presentation)
日本海側地域は世界有数の多雪地帯として知られる.しかし,現在のような多雪環境が成立したのは後氷期以降と推定されており,約2万年前の最終氷期最盛期には対馬海峡がほぼ閉鎖したことで日本海に暖流が流入しなくなり降雪量が減少していた.このような環境変化に際し,日本海要素と呼ばれる多雪依存性植物がどのように分布を変化させたのかについては化石記録に乏しく知見が不足している.
キク科チョウジギクは日本海側の多雪地と地理的分布がよく対応する草本植物である.湿潤な山地斜面に小集団で生育することから集団が分断化され易く,多雪環境の変化に対して敏感な種であると考えられる.そこで本研究では多雪環境の指標植物であるチョウジギクの遺伝分析を行うことで,過去の環境変化が本種の分布および集団動態に与えた影響を明らかにすることを目的とした.
分布域を網羅する28集団について,SNPとEST-SSRを用いた集団遺伝解析と景観解析を行った.遺伝構造解析の結果,本種は分布の南北方向に2つずつ計4つの地域集団に分化していることが明らかになった.集団動態解析の結果,地域集団間の分化は最終氷期中に起こったことが示唆された.さらに,東日本では集団間分化が小さく遺伝的多様性が比較的高い一方で,西日本では集団間分化が大きく多様性が低い傾向が見られた.景観解析の結果,本種の分布において強い多雪依存性が示され,豪雪地帯が連なる東日本では分布好適地が広く分布するのに対して西日本では限定的であった.
これらの結果から,現在の地域集団は最終氷期に形成されていた異なる逃避地に由来しており,気温低下と降雪量の減少が分布制限要因となっていた可能性が推察された.後氷期の温暖化と降雪量の増加によって東日本では生育適地が拡大し分布を急速に広げて繫栄した一方で,西日本では生育適地が限られたため分布の分断化の影響を強く受けたと考えられた.