| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨 ESJ69 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-334 (Poster presentation)
日本各地でシカによる被害が深刻化する中、シカ個体群の分布や生息密度を変動させる要因を評価し、適切な対策を講じていくことが必要となっている。個体群の変動要因を大別すれば、捕獲を中心とするトップダウンの効果と、農作物利用や生息地環境等のボトムアップの効果が働いている。両者の重要度は検討する生息密度の空間スケール、すなわち個体、個体群、メタ個体群レベルのいずれを対象とするかによっても、また、時間スケールによっても異なる可能性がある。そこで、増減を規定しうる短期かつ個体レベルの変数として妊娠率、中期(数年)かつ個体群レベルの変数として個体群密度、長期(数十年)かつメタ個体群レベルの変数として分布拡大を扱い、これらに影響を与える要因をそれぞれ評価することを試みた。
短期レベルでは、農作物利用が個体の栄養状態や妊娠率に与える影響を評価した。シカの窒素同位体値を農作物利用度の指標として解析した結果から、農作物利用がシカの栄養状態を向上させ、短期的なシカ密度増加に影響していることが示唆された。中期レベルでは、地域的な5年間のシカ生息密度の変動を、捕獲圧の変化や景観構造から評価した。その結果、捕獲圧の強化は局所的にシカを減少させる一方で周辺地域への拡散を助長させる可能性があること、農地等の餌資源豊富な地域が分布拡大を誘発しうることが示唆された。長期レベルでは、シカ激増前の分布域と現在の生息密度分布の関係を、景観構造を含めて解析した。その結果、現在のシカ生息密度分布には現在の捕獲圧や景観構造はほとんど影響しておらず、過去の分布域を規定していた環境要因や、シカ増加時の餌資源量が重要であることが示唆された。
以上のことから、短中期的な対策では適切な捕獲と農地での被害防除の連携を進めつつ、長期的には生息環境管理を含めた総合的な対策を模索していくことが重要であると考えられた。