| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨
ESJ69 Abstract


第20回 日本生態学会賞/The 20th ESJ Award

植物の進化戦略におけるトレードオフから持続可能性を考える
Sustainability from the Perspective of Trade-offs in Evolutionary Strategies of Plants

北島 薫(京都大学農学研究科)
Kaoru Kitajima(Graduate School of Agriculture, Kyoto University)

生物の資源配分におけるトレードオフの理解は、「自然界の経済学」としての生態学の中核に位置する命題といえる。ある生物個体が1日に得られるエネルギーや資源収入には限界があり、それを成長、防御、貯蔵にどのように投資するかは、生存確率、個体の成長速度、ひいては、個体の適応度を左右する。ある環境条件と資源収入量の組み合わせにおいて、個体/個体群の成長速度を加速化されるような資源投資をすると、防御や貯蔵に回す資源が相対的に小さくなり生存率が低くなる。全ての生物がこのようなトレードオフに直面するが、植物の進化戦略を例にとるとわかりやすく説明することができる。環境要因によってどの投資方法が最適かは異なる。資源収入の可能性の高い時と場所(すなわち、植物にとっては光や水が十分に得られる環境)では、防御や貯蔵への投資を多くすると、成長速度が遅いために資源競争に負ける確率が高くなる。一方、資源収入が限られるとき(すなわち、植物の場合、森林林床の日陰や貧栄養の土壌において)防御や貯蔵への投資が不十分な場合、被食や撹乱へのレジリアンスが不十分なので生存確率が下がる。多くの群集生態学者は、パッチ状環境における移入能力(colonization)と固着性(persistence)の間のトレードオフが多種共存を可能にするという理論にも注目してきた。ちなみに、いったん定着した場所に居座り続ける能力はcompetitionと解釈されることもあるが、より一般性のある概念はpersistenceであろう。驚愕的な微生物の多様性が湿潤熱帯林で明らかになりつつある今、これらの微生物と植物/動物の相互作用は、colonization-persistence トレードオフに最も重要な生態学的課題かもしれない。何を環境要因として考慮するか、また、なにをもって成功の度合いを定量化するか、によってトレードオフに関する最適解は異なってくる。この「答えが多様である」ということが、生物の機能的多様性と、これらの統合としての生態系機能の多様性の説明ともいえる。進化的な時間軸において絶滅せずに持続してきた生物種は、地球の環境の時空間的な変異の幅の中で、これまで存続を続けられる環境の組み合わせがあったと言える。今、ヒトという生物が、地球規模で環境の均一化と生物の地理的な移動を加速化する中、colonization-persistence トレードオフの視点から、持続可能性と生態系のレジリアンスについて提言はできるのだろうか?多くの人と一緒に考えて見たい。


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