| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨
ESJ69 Abstract


第15回 日本生態学会大島賞/The 15th Oshima Award

ニホンジカ高密度化の長期的影響に対する森林生態系のレジリエンス
Resilience of natural forests facing the prolonged impacts of superabundant sika deer

鈴木 牧(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
Maki Suzuki(Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo)

1980年代以降,日本各地でニホンジカの高密度化が進行し,採食圧や物理的な撹乱等の増加によって森林生態系に様々な影響が生じている。シカの高密度化状態が長引くにつれ,影響が森林内へ蓄積し,植生や土壌がダメージから回復する力(レジリエンス)が低下している懸念がある。また森林は通常,伐採や強風による局所的な破壊から更新と遷移を経て再生するが,この意味でのレジリエンスもシカの影響により低下する可能性がある。これらの影響の検出は,クロノロジーの手法や防鹿柵を用いた短期研究だけでは難しく,長期に亘るモニタリングや実験が必要である。私は千葉県房総半島を対象として,多くの共同研究者と共にこの課題に取り組んできた。

シカ密度の異なる多地点の森林で植生調査を行い,クロノロジー的な解析を行った結果から,房総半島ではシカ密度が下層植生の量を強く規定し,かつ植物の種間関係を変化させて群落構造をも規定していることが明らかになった。同研究の調査地点で11年後に再調査を行い,シカの影響の経年蓄積を検出しようと試みた。再調査の結果,11年前よりシカ密度あたりの下層植生量が減少し,またシカ密度が減少した地点でも下層植生量が増加していないことが分かった。さらに,シカ密度が高い地域では土壌の緊密化が検出された。以上の結果は,シカの影響が10年以上に亘って森林の地上と地下に蓄積し,植生の回復を阻んでいる可能性を示している。

広域調査と並行して,森林撹乱後の植生動態に対するシカの影響を調べる実験を2008年から行っている。シカが高密度で生息する東大千葉演習林に,二次林を局所的に伐採し一部を防鹿柵で囲った実験区を設置し,植生や土壌の経年変化を現在まで追跡してきた。シカの影響の蓄積にも関わらず,伐採後の区画では更新阻害は発生せず,下層植生が急速に繁茂した。一方,伐採後のシカの生息は初期の植生発達に強い影響を与え,通常であれば二次林の再生に向かう遷移軌道を,採食耐性の高い灌木や草本からなる非森林植生へ誘導した。この結果は,撹乱前ではなく撹乱後にシカの影響が継続することで,森林の再生が阻害される可能性を示している。

発表では以上の話題を紹介しながら,撹乱体制自体が変化していく時代の森林保全や,長期野外研究の成果を基礎生態学に還元すること等についても話したい。


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