| 要旨トップ | 受賞講演 一覧 | 日本生態学会第69回全国大会 (2022年3月、福岡) 講演要旨
ESJ69 Abstract


第10回 日本生態学会奨励賞(鈴木賞)/The 10th Suzuki Award

昆虫の歩行移動に対する進化生態学的研究
Empirical studies for evolution of walking activity in insect

松村 健太郎(香川大学農学部)
Kentarou Matsumura(Faculty of Agriculture, Kagawa University)

 移動は、餌や交尾相手の探索および天敵からの逃避などを通して、個体の適応度に大きな影響を及ぼすため、多くの生物において重要である。そのため、高い移動活性の個体の適応度が増加すると予想されるが、様々な動物において、高い移動活性の個体だけではなく低い移動活性の個体もしばしば集団内に見られる。このような集団内における移動活性の個体差の存在は、異なる移動活性にはそれぞれ利益とコストが存在することを予想させる。数多くの先行研究によって、翅の形態に多型が見られる昆虫を対象とした調査が既に行われており、翅サイズの大きな雌は小さな雌よりも繁殖への投資量が少ないことが明らかにされた。この翅サイズと雌の繁殖のトレードオフが、移動活性の個体差が集団内で維持される原因の一つとして考えられている。しかしながら、翅サイズのような間接的な移動の評価ではなく、実際の移動活性に焦点を当てた研究や、雄の繁殖に焦点を当てた研究は、数少ないままである。本研究では、昆虫のコクヌストモドキ(Tribolium castaneum)を対象として、雄における移動活性と繁殖形質の関係を調査した。まず、コクヌストモドキの移動活性に対する人為選抜を行い、移動活性が高い(H)系統と低い(L)系統を確立した。この選抜系統を用いて、雄の繁殖形質の調査を行った。その結果、雄の魅力度はL系統の雄の方がH系統よりも有意に高いが、H系統の雄の方がL系統よりも交尾回数が有意に多かった。この結果は、H系統の雄は移動することで雌の探索を行う一方で、L系統の雄は高い魅力度で雌を誘引させて交尾を行うことを示唆した。また、交尾後の繁殖形質として、別の雄と交尾済の既交尾雌と交尾した時の父性を選抜系統で比較した結果、父性はL系統の雄の方がH系統よりも有意に高いことが明らかになった。この結果は、L系統の雄による精子競争への投資量が増加していることを示唆した。以上の結果から、移動活性が異なる雄間での繁殖形質のトレードオフが明らかになった。この利益とコストの存在は、本種の移動活性における個体差が集団内で維持される原因の一つであることを示唆している。これらの研究によって、移動活性は雄の繁殖形質にも大きな影響を及ぼすことが明らかになった。


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