| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(口頭発表) C01-06 (Oral presentation)
ツボカビ門の寄生性菌類は水域生態系内の重要な要素となっている。なぜなら,ツボカビは植物プランクトンの主要な死亡要因のひとつであり,かつ食物網内の物質フローを担っているからだ(Mycoloop)。ツボカビはウイルスなどの他の寄生者に比べればサイズが大きいため,宿主―寄生者相互作用の詳細を光学顕微鏡観察で明らかにすることができる良いモデル系である。我々はこれまで,多重寄生の程度や胞子嚢の成熟速度,次世代の遊走子数など,宿主細胞間で生じるツボカビの個体差を定量化することに成功した。この結果,ツボカビの多重寄生はポワソン分布に従わずに集中分布し,宿主細胞上の既存の寄生数に依存する「局所密度依存的な」過程であることを突き止めた。これらの実験結果をもとに,宿主とツボカビ間の個体群動態モデルを開発した。新しいモデルと従来のランダムな相互作用モデルを比較することで,非ランダムな「局所密度依存的な」多重寄生が個体群動態に与える影響を評価した。その結果,初期のツボカビ遊走子密度に依存してツボカビ個体群が平衡点に向かう速度が大きく異なるという,初期密度に依存した過渡的な個体群動態がみられた。特に初期密度が小さい場合は,ツボカビの増殖が生じないことから,ツボカビのいない平衡状態も局所漸近安定であることが示唆された。一方,このような初期密度に依存する過渡的な挙動や双安定性は,ランダムな相互作用の下では見られなかった。さらに,ツボカビ寄生の流行が繰り返し生じるようなパラメータ領域においても,流行パターンに大きな違いがあった。これらの結果から,自然生態系においても流行初期のツボカビの寄生パターンの把握が系全体の特性を理解するために重要であると言えるだろう。