| 要旨トップ | 目次 | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨
ESJ70 Abstract


一般講演(口頭発表) D01-03  (Oral presentation)

カドフシアリの多型女王間でのトランスクリプトーム比較
Transcriptome analysis of polymorphic queens in Myrmecina nipponica

*宮崎智史(玉川大学), 林良信(慶應義塾大学), 山口勝司(基礎生物学研究所), 重信秀治(基礎生物学研究所)
*Satoshi MIYAZAKI(Tamagawa University), Yoshinobu HAYASHI(Keio University), Katsushi YAMAGUCHI(NIBB), Shuji SHIGENOBU(NIBB)

社会性ハチ目では女王が繁殖を独占し,大部分のワーカーが労働に従事する.これらのカーストは表現型可塑性の結果として,つまり後胚発生過程での異なる遺伝子発現を経て,それぞれの役割に特殊化した表現型を生じることが近年確かめられてきた.またアリ類では,女王あるいはワーカーに生じた多型が,労働分業や繁殖戦略の多様化に重要な役割を果たしてきた.にもかかわらず,女王やワーカーの多型に伴う遺伝子発現の差異については調べられていない.
日本全国に分布するカドフシアリは,多くの地域では他種と同様に有翅女王とワーカーからなるコロニーを形成する.一方で北海道などの一部の寒冷な地域では有翅女王のいるコロニーに加え,有翅女王が無翅女王に置き換わったコロニーもみられる.無翅女王は有翅女王に比べてより小型で生産コストが低いこと,分散距離が短いことが寒冷環境における繁殖に適応的だと考えられている.本研究ではカドフシアリの有翅女王と無翅女王,ワーカーのトランスクリプトームを蛹期と羽化直後に比較し,女王多型の進化に伴って発現様式が変化した遺伝子を調べた.
TCC-baySeq解析の結果,カースト間で発現に違いのある転写産物は蛹期に243個と羽化直後に424個で,そのうち78〜88%にあたる転写産物は有翅女王に特異的な発現パターンを示し,無翅女王に特異的な発現パターンを示すものは3〜9 %,3カーストでそれぞれ有意に異なる遺伝子は0.7〜0.8%しかなかった。これらの結果は,無翅女王に特異的な発現をする遺伝子はごく少数で,無翅女王のトランスクリプトームは有翅女王よりもワーカーのそれに類似することを意味する.カースト間で発現の異なる転写産物にはエネルギー代謝に関連するものが多く含まれた.本研究の結果は,エネルギー代謝等に関連する少数の遺伝子の発現変化が女王多型に寄与することを示唆する.


日本生態学会