| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(口頭発表) E02-06 (Oral presentation)
草本植物が夏の干ばつへの適応として、開花時期を前倒しにして種子生産を行う局所適応をしている例が報告されている。長野県安曇野市に生育するキツリフネでは、高標高の尾根に生育し6月初旬から開花する早咲き型と、低標高の谷に生育し9月初旬から開花する遅咲き型の2つのエコタイプが標高上下間で側所分布している。本研究では尾根・谷にそれぞれ1カ所ずつの実験圃場を設置し、2年間にわたって①無機環境の連続測定、②エコタイプ間の相互移植実験を行うことで、各タイプの局所適応、すなわちホームサイトアドバンテージを検証した。
実験①の結果、早咲き型の生育する尾根は土壌が乾燥した環境であり、遅咲き型の生育する谷は土壌水分が豊富な環境であった。実験②の結果、ホームサイトから移植しても各タイプの開花時期は固定していた。このことは各タイプの開花時期が環境に対する可塑的な応答ではなく、遺伝的な適応であることを示唆している。尾根由来の早咲き型は、谷に移植されることで遅咲き型と比較して8月以降の生存率が低下した。この要因は、土壌水分が豊富な谷では他種植物との競争が激しいことにあると考えられた。一方で谷由来の遅咲き型は、尾根に移植されても早咲き型と比較して大きく生存率が下がることはなかった。この結果は、実験①で示した尾根の乾燥環境が、今年に関しては遅咲き型に対する強い淘汰圧とはなっていなかったことを示している。
以上の結果から、本研究では各タイプの局所適応を証拠づけることはできなかったが、生育環境と関連したタイプ間の形質分化を明らかにした。今後、土壌水分が乏しい尾根では数年に一度の夏の降水量不足により、長期的には早咲き型しか適応できない可能性について検証を行う。また、尾根と谷の他種植物との競争も含めた生育環境の特性を明らかにし、早咲き型と遅咲き型それぞれのホームサイトにおける優位性について、実験的な検証を行う予定である。