| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(口頭発表) G01-04 (Oral presentation)
地球上の生物多様性を生み出す原動力は、生物がもつDNA塩基配列に生じる突然変異である。細胞に格納されたDNAは常に複製エラーや紫外線による損傷にさらされているため、DNAの塩基配列には一定の率で変異が生じ次世代へ受け継がれる。この突然変異率は、生物進化を決定づける最も重要な因子であるため、これまでヒト、ショウジョウバエ、センチュウ、酵母、シロイヌナズナを対象に、家系分析や多くの世代を重ねた突然変異蓄積系統を用いた研究がなされてきた。しかし、ゲノム上のわずかな変異を自然選択の影響を除去して検出することは難しいことから、突然変異率の高精度な推定は依然として生命科学の重要課題の一つとして残されている。
この課題に挑戦するために、私達は東南アジアの森林生態系を優占する長寿命植物を対象に研究を進めてきた。赤道直下に生息する熱帯産樹木Shorea laevisとS. leprosulaを対象に新たにゲノム配列を高精度で決定し、1600年代に生じたと推定される芽生えから400年以上かけて蓄積した体細胞変異の検出によって、次世代集団が受ける自然選択や遺伝的浮動の前に生じた突然変異の速度を正確に推定することに成功した。成長とともに体細胞突然変異数がほぼ線形に増加することを野外で初めて示し、この線形増加関数の傾きをもとに年あたりの新生突然変異率を推定した結果、これまで高緯度地域に生息する長寿命樹木で得られた推定値の10倍高い数値が得られた。また、成長速度に依存せず年あたりの新生突然変異率は一定であることも示された。これは、従来考えられてきた以上に多くの体細胞変異が熱帯地域で生じていることを意味する。植物では、体細胞に生じた変異は、花粉や胚珠を形作り次世代へ受け継がれるため、体細胞突然変異は森林生態系の遺伝的多様性と種分化速度に影響を及ぼす。今後は、多様な環境・種を対象にしたデータを取得し比較解析を行い、実証データを数理モデルによって見通しよく整理する研究が求められる。