| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-046 (Poster presentation)
個体識別とは,ある個体と他個体を区別する能力であり,闘争は個体識別が成立する主要な状況の1つである.本研究の対象種であるテナガホンヤドカリPagurus middendorffiiのオスは,繁殖期にメスを交尾前ガードする.メスを持たない単独のオスは,しばしばガードオスに闘争を仕掛けてメスを奪おうとする.このオス間闘争に敗北した単独オス (劣位オス) は,過去に自らが敗北したガードオス (優位オス) と再遭遇してもほとんど攻撃しない.このことは,劣位オスの個体識別能力を示唆する.ただし,再遭遇時に優位オスが大鋏脚 (本種の武器形質) を欠いていると,劣位オスはこの大鋏脚のない優位オスには闘争を仕掛けて長く粘る.
劣位オスにとって大鋏脚のない優位オスは“誰”なのか.すなわち,劣位オスは大鋏脚のない優位オスを“未知 (個体識別した相手とは別) のケガをしたオス”と“既知 (個体識別した相手と同じ) だがケガをしたオス”のどちらだと認識していたのか.本研究の目的はこの点を明らかにすることである.
2022年11月に野外の交尾前ガードペアを用いた室内実験を行った.水槽内にガードペアとメスから離して単独にしたオスを入れ,10分間遭遇させた.このときガードオスが大型,単独オスが小型となるようにし,単独オスに敗北経験を与えて劣位オスとした.約1時間後に再び10分間の遭遇実験を実施した.このとき,劣位オスは,大鋏脚を実験的に自切させた既知の優位オス (Familiar autotomy,FA群),大鋏脚を自切させた未知の優位オス (Unfamiliar autotomy,UA群),自切処理をしてない既知の優位オス (対照群) のいずれかと遭遇した.
データの一部を解析したところ,3群全てで再遭遇時の闘争発生頻度が低下したが,FA群・UA群の低下の程度は対照群よりも緩やかであった (FA群:80.6%から42.6%,N = 47; UA群:73.3%から55.6%,N = 45; 対照群:88.4%から32.6%,N = 43).発表の際にはさらに解析を進め,より詳細な報告を行いたい.