| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-283 (Poster presentation)
これまでの長い歴史における地史的・気候的イベントに関連した環境変動は、多くの生物種の分布域や遺伝構造の形成に大きな影響を与えてきた。特に森林に生息する植食性昆虫は、生息環境を提供する森林樹木と同様な集団動態史を有する可能性が示されており、森林性昆虫の環境適応は植生の分布変遷にも大きく制限されると考えられる。そこで本研究では、環境指標生物として知られ、数年に及ぶ長い生活史を樹木に依存するセミ類ヒグラシ族3種(ヒグラシ、エゾハルゼミ、ヒメハルゼミ属)に着目した。これら3種は以下のように種間で嗜好する生息環境が異なる。ヒグラシは広葉樹やスギなどからなる薄暗い林を好む。エゾハルゼミはブナやミズナラなど寒冷地の落葉広葉樹林を好む。ヒメハルゼミ属はシイやカシ類など暖帯性の常緑広葉樹林を好む。これは、これまでの地史的・気候的イベントにおける遺伝的浮動や移動分散などだけでなく、各種が受けた自然選択と環境適応の歴史の結果といえる。
本研究では、これら3種の集団遺伝構造を解明し、森林性昆虫の環境適応動態について時空間スケールで評価することを目的とした。各種の国内分布域において、全国から採集したサンプルに加え、公開データベースを参照し、集団遺伝学的解析により、ミトコンドリアDNAおよび核DNA情報に基づいた広域スケールの集団遺伝構造を明らかにした。また、対象3種が現在と同様な植生を生息域として好むと仮定し、種の移住率を考慮した改変種分布モデル推定により、各森林樹木種の最終氷期最盛期における分布復元を試みた。さらに、深層学習による画像解析を用いた種内個体間の表現形質の地理的変異についても解析を進めている。これら複数のアプローチに基づいて、対象3種の現在の遺伝構造形成に至る歴史についても評価する。先行研究等で示されている森林樹木の遺伝構造や分布変遷も考慮しながら、森林性昆虫の時空間的動態について議論する。