| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P1-287 (Poster presentation)
気候変動による表層水温の上昇により近い将来、温帯域の湖沼では全循環の消失または発生頻度の低下が懸念される。気象の変化と全循環の有無は観測事例が報告される一方、全循環の有無や規模が生物群集に与える影響については十分に調べられていない。一次生産を担う植物プランクトンは、多様な表現形質を持ち水中に浮遊するため成層の発達状態や水質等に応じて出現種が置き換わりやすいことから、植物プランクトンの群集構造は全循環の有無によって変化すると考えられる。したがって、全循環の発生と植物プランクトン群集の関係の把握は、気候変動が湖沼生態系にもたらす影響の理解のうえで有効といえる。本研究は長期データ(最大37年)が蓄積されている国内22のダム湖を対象に、全循環の有無が植物プランクトン群集を規定する要因となりうるか、また水温とは異なる関係があるか検証した。植物プランクトン群集は総現存量としてクロロフィルa濃度(Chl-a)、多様度を表す指標として分類学的多様度、および属ごとの形態に基づいた機能的多様度を用いて評価した。全循環の発生の有無は9~12月の底層における溶存酸素濃度が上昇する際の表層と底層の水温差の観測値に基づき3.7℃を閾値とした。全循環の発生と植物プランクトン群集の直接または栄養塩濃度(全リン濃度、全窒素濃度)の変化を介した間接の関係を考慮するために、構造方程式モデル(SEM)を構築しベイズ推定を行った。SEMの結果、全循環の発生は表層の全リン濃度の増加を介して間接的に機能的、分類学的多様度を低下させる関係がみられた。一方で水温の低下はChl-a、機能的、分類学的多様度すべてを減少させた。すなわち季節的な水温の低下は群集組成を単純にし、現存量を低下させるが、全循環の発生と群集組成との関係は複雑で一貫性がないことが示された。このことから気候変動は複数の物理プロセスの消失を通じて湖沼の生物群集に影響を与える可能性が示された。