| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-009 (Poster presentation)
餌の質や量などの外部環境条件に応じて表現型が変化する「表現型可塑性」は、広い動物群において見られ、生存可能性や種分化に関わると考えられている。アフリカ・タンガニイカ湖の鱗食性シクリッドPerissodus microlepis(鱗食魚)は、捕食行動と口部形態に顕著な左右性を有していることで知られる。野外個体では、下顎骨の左右差が大きい個体ほど鱗の摂食量が多く、形態的非対称性の大きさが摂食効率に作用することが示されている。この下顎骨の左右差には遺伝的背景があること、体長に伴って拡大することが見出されているものの、それが身体の発達によって自律的に生じるのか、摂食経験によって起こるのかは不明である。本研究では、鱗食経験がもたらす捕食行動および下顎骨の変化を調べて、表現型可塑性による左右性への影響を明らかにすることを目的とした。
異なる摂食経験を課すため、採餌条件として餌魚1匹捕食群と2匹捕食群を設け、4ヶ月間毎日、餌魚を10分間与えて飼育した。実験日数と共に各個体の襲撃回数は増加し、実験60日目で最大に達した。さらに、鱗食魚と餌魚を検出可能なニューラルネットワークを構築し、両者の相対位置を可視化したところ、餌魚との個体間距離は実験10日目で実験初期の半分となり、各個体の遊泳量が増加していた。つぎに、それら2群および鱗食未経験個体(8カ月齢)を用いて下顎骨標本を作製し、骨形態の違いをGeometric Morphometricsで評価した。その結果、鱗食未経験群と比べて餌魚2匹群で歯骨全体、特に前後軸が伸長していたことが分かった。また、下顎骨の高さ(歯骨の上端と関節骨の後端との距離)は、利き側の方が非利き側よりも有意に大きく、さらに鱗食経験があると、その差は拡大していた。
以上より、鱗食経験によって餌魚の認識や運動量に向上がみられ、下顎骨が発達するとともに、その形態的変化は左右非対称で、利き側の下顎骨でより顕著に現れることが明らかとなった。