| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-037 (Poster presentation)
ニゴロブナは、琵琶湖の沖合環境に適応し、回遊生活を進化させた固有種である。演者らは、湖辺水田に産卵回遊する本種の耳石Sr安定同位体を用いて、親魚が母田回帰習性を有することを明らかにした。本研究は、ニゴロブナによる母田回帰のメカニズムとして嗅覚記憶仮説、すなわち、出生期の嗅覚刷り込みと産卵遡上期の嗅覚想起を検証するために、母田回帰の至近要因を解明する行動実験、および、野生個体群の産卵回遊親魚と水田生育稚魚の脳・嗅覚神経系で発現する遺伝子を網羅的に解析するトランスクリプトーム解析を試みた。孵化直後の種苗を約3週間水田で飼育後、湖水を満たした野外大型水槽で3年間、飼育することで回遊生活を再現し、成熟個体を水路選択実験に供試した。実験魚は、出生・非出生水田のいずれにも誘引されるが、出生水田に対して強い選好性を示した。また、近縁種より同種の飼育水を選好するだけでなく、種内の異胞より同胞個体の飼育水を強く選好した。本種の母田回帰は、広域から局所の空間スケールまで複数の環境情報を手がかりに用いる階層的ナビゲーション仮説で説明できた。続いて、出生期の嗅覚刷り込みと産卵遡上期の嗅覚想起に関与する遺伝子を探索するために、ニゴロブナおよび非回遊性近縁種ギンブナの稚魚と成魚の脳・嗅覚神経系組織をRNAseqに供試し、両種の遺伝子発現パタンを比較した。取得リードをキンギョのリファレンスゲノムにマッピングし、稚魚・成魚において発現量の種差がみられる遺伝子を検出した。さらに、GO解析により、これらの遺伝子の機能を推定した。成魚では、ギンブナに較べてニゴロブナの嗅上皮で神経系や嗅覚受容体関連の遺伝子が高発現していた。終脳では、約3,000種の遺伝子で発現量の種間変異が観察された。稚魚でも、ニゴロブナの嗅上皮で幾つかの嗅覚受容体遺伝子の発現量が有意に増加し、嗅覚神経の嗅球への経路探索に関与する遺伝子の増加が観察された。