| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-087 (Poster presentation)
第四紀後期の気候変動において,植物は好適環境を追いかけて分布を移動させる,あるいは新規環境に適応することで分布を拡大させてきた.最終氷期に欧州北部は厚い氷床に覆われていたが,後氷期には融解して広大な裸地が生じた.このような土地で起きた一次遷移には,寒帯植物だけでなく温帯由来の植物も含まれていた.本研究ではこうした温帯植物の代表としてキク科アキノキリンソウに着目し,後氷期に北極圏へ拡散した過程を全ゲノムデータから復元することを目的とした.フィンランド北部からポーランド南部に至るトランセクト(緯度50-69度)から採取した試料から全ゲノム配列を取得し,地域ごとの集団動態やゲノム変異と気候要因との関連解析を実施した.
解析した集団の遺伝的多様性には地理的傾向はなく,地理による隔離効果も認められなかった.そこで,集団を北極圏・中緯度・南部の3地域に区分して有効集団サイズの変化を推定したところ,北方に位置する集団ほど後氷期に急激に個体数を減らしたことが明らかとなった(減少後の個体数:北極圏2万個体,中緯度6万個体,南部11万個体).この結果は,最終氷期に欧州南部に分布していたアキノキリンソウが北方へ分布拡大するなかで,先導集団に繰り返し創始者効果が作用したことを示している.初夏の日照・気温を対象としたゲノム関連解析の結果,有意な関連を示した遺伝子が497個検出された.そのなかには概日時計の調整因子や花成経路の統合部に位置する遺伝子,シュート分枝に関与する遺伝子などが含まれていた.このうち概日時計の調整遺伝子のゲノム周辺では派生型ハプロタイプが広範囲に広がっていた.またこの遺伝子内で見つかったアミノ酸置換変異は,ユーラシア大陸内で北緯66度以北の北欧地域でしか検出されなかった.これらの結果から,北極圏の白夜環境に適応する過程において,この遺伝子に新規に生じた変異が正の選択を受けた可能性が考えられた.