| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-089 (Poster presentation)
カヤツリグサ科ヤマタヌキランは東北地方の火山地帯にのみ分布するスゲ属植物で,火山ガスの影響を強く受ける強酸性土壌(pH=2-3)に優占する.本種は非強酸性土壌に生育するコタヌキランを姉妹種にもつことから,種分化の段階で新規に強酸性土壌への適応機構を獲得したと考えられる.両種は酸性土壌における主要な生育阻害要因であるAl3+への耐性には差がないが,低pH耐性において顕著な種間差が見られる.また,ゲノム比較と比較発現解析からヤマタヌキランの低pH耐性の獲得にはペルオキシダーゼ遺伝子群(以下Prx)が関与した可能性が示唆されており,本種の進化過程の理解にはPrx遺伝子群の分子進化研究が必要であると考えられる.そこで,本研究ではPrx遺伝子群に着目して低pHに応答した遺伝子発現量の変遷過程を推定することで,ヤマタヌキランの低pH耐性の獲得過程を明らかにすることを目的とした.
ドメイン検索とBlast解析からヤマタヌキランとコタヌキランのPrx遺伝子を抽出したところ,それぞれ144個と140個の遺伝子が見つかった.抽出された遺伝子について他種のPrx遺伝子を含めて最尤系統樹を構築した結果,スゲ属特有のサブクレードの存在が明らかとなり,そのサブクレードに属するヤマタヌキランの遺伝子にて低pHに応答した発現量上昇が複数回生じたことが明らかとなった.これら発現上昇遺伝子についてdN/dSからアミノ酸配列変異を伴う正の自然選択の有無を調べたところ,発現量上昇が生じた枝における正の自然選択は認められなかった.その一方で,発現上昇遺伝子の一部では遺伝子重複による遺伝子数の増加が生じており,コタヌキランに存在する遺伝子重複前のPr遺伝子においても低pHに応答した発現が認められた.以上から,ヤマタヌキランの低pH耐性獲得には,種分化以前から低pHに応答して発現していたPrx遺伝子の重複による遺伝子数増加が重要な役割を果たしたことが推察された.