| 要旨トップ | 目次 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
一般講演(ポスター発表) P2-173 (Poster presentation)
遺伝的集団構造や歴史集団動態は,生物の分布域形成過程を推論する際の鍵となる基礎情報である.遺伝的多型が少ない生物の場合,従来の方法ではこのような基礎情報の取得が困難であったが,近年比較的容易に入手できるようになったゲノムワイドデータはこの問題を解決しうる.ネコギギ(ナマズ目ギギ科)は,周伊勢湾域(三重・岐阜・愛知県)に固有な淡水魚であり,分布域全域でミトコンドリアDNA部分配列が単型的であるなど,遺伝的多様性が低く,従来の手法では詳細な分布域形成過程の推定は難しかった.本研究では,複数タイプの遺伝情報を用いた遺伝的集団構造の推定と全ゲノムリシーケンスデータを用いた歴史集団動態の推定を行い,本種の分布域形成史の推定を試みた.1996年から2009年にかけて分布域全域の10水系17河川から採取した試料を用い,ミトゲノム全長配列(86個体),マイクロサテライト多型(10座;535個体),MIG-seqデータ(縮約ゲノム;数百SNPs;131個体),全ゲノムリシーケンスデータ(WGR;20,684 SNPs;35個体)を取得した.ミトゲノム系統樹では現在の水系単位でまとまる弱い集団構造がみられた.マイクロサテライトを用いた集団帰属性解析では明瞭な地域集団分化が認められたが,集団間関係は放射状であった.MIG-seqやWGRデータでは,明瞭な集団分化に加えて伊勢湾における古水系を想起させる地理的集団構造が見いだされた.WGRデータを用いた歴史集団動態推定では,最終氷期における集団の融合,および氷期の集団縮小と後氷期の集団拡大のパターンがみられたが,1つの河川集団では最終氷期後にも継続的に集団が縮小するなど,河川間で差異も見られた.ゲノムワイドデータに基づくこれらの結果は,ネコギギのような遺伝的多様性の低い種においても,分布域形成史を推定しうることを示す.