| 要旨トップ | 本企画の概要 | | 日本生態学会第70回全国大会 (2023年3月、仙台) 講演要旨 ESJ70 Abstract |
シンポジウム S05-4 (Presentation in Symposium)
テンナンショウ属は雌雄異株性の多年生草本で,日本は約53種が分布するホットスポットの一つである.一見して分かる本属の特徴として,食虫植物を連想させる花序が一番に挙げられるだろう.実際にテンナンショウの筒型の花序は,送粉者を閉じ込める落とし穴として機能する.雄花序の底には脱出口があり,花粉を身にまとった送粉者は外へ逃げ出せるが,雌花序は脱出口を欠き,花粉を運んだ送粉者は閉じ込められたまま死ぬ.受粉に貢献した送粉者を殺すという極度に搾取的な送粉様式は,他に類例がない.興味深いことにテンナンショウ個体群では,送粉者に害をなす雌花序は少数派であり,大半の個体は雄花序を咲かせる.これは性転換という特殊な性決定様式に起因する.テンナンショウ各個体は1年に1個だけ花序を着けるが,その性は開花前年の個体内資源量によって決まり,体サイズ (∝ 資源量) がある閾値を超えると雄から雌へ性転換する.しかし,閾値を超えるほどに大きく成長できる個体は限られており,結果的に小さな雄個体が多数派を占めることになる.性転換の進化的背景は繁殖成功が示すサイズ依存性の雌雄差に基づいて説明されてきたが,雄に偏った性比が送粉者の搾取を軽減していることは注目に値する.さらに近年,日本産テンナンショウ複数種において種特異的な送粉昆虫の使い分けが報告されており,日本列島における本属の多様化を駆動した要因の一つと見做されている.テンナンショウが特定の昆虫種だけを利用する場合,過剰な搾取は送粉者を絶滅させることで送粉系自体を破綻に導く可能性がある.搾取の強さは,送粉者を殺す雌花序の出現頻度,すなわち性転換が生じる体サイズの閾値に大きく左右されるだろう.このように,テンナンショウ属が示すユニークな特徴 (送粉様式・性表現・適応放散) は互いに密接に関係している可能性が高く,今後も新たな発見が期待される魅力的な材料と言える.